第33話 帝都攻防戦

「ふぅ、これであらかた片付いたな」


「そうですね。後はハダル侯爵と他の隊だけでも問題無いでしょう」


 スフラの攻撃によって無人の焼け野原に佇む二人。

 それを作った張本人のスフラと、その副官であるブライン。

 彼らの率いてきた一万の兵たちも、少し離れたところで戦況を見守っていた。


「それでも結構な被害が出ちまったな……」


 スフラ隊はこれよりも東方に陣を取っていた為、戦場への到着が遅れてしまった。その上、上位種の更に上をいく個体の出現や、近くにいた味方の隊が想定外の行動を見せたゴブリン軍によってその進路を塞がれていたこともあって、正面から交戦していたハダル侯爵の部隊の被害はかなりのものと思われた。


「シン殿が来られていなかったら、我々も危なかったですね」


「ああ、あんな化物が出てくるとは聞いてなかったからな。もしかして、あれがゴブリンキングって奴だったのか?」


「どうでしょうね。私としてはそうあって欲しいものです。違った場合、あれ以上のがいるということになりますから」


「……じゃあ違うな」


「どういうことでしょう?」


「お前が楽をしようとした時は、大体逆になるからな」


「……逆にさせてるのは誰でしょうね?わざわざ私を忙しいところに投げ込んでおいて」


「ひでえ奴がいたもんだ」


「本当に酷い上司がいるんですよ」


 睨むブラインの視線を、空を見上げて躱すスフラ。


「閣下は……先ほどの敵と戦って勝てますか?」


 ブラインはシンが戦っていた場所の方を見て言った。


「……勝てる。とまでは言い切れねえな」


「それがあってもですか?」


 ブラインが言っているのは、スフラの持つ偃月刀。


「良くて五分ってとこか」


 手に持つ偃月刀えんげつとうを見ながらスフレが言う。


「これがあったところで、肝心の俺の力が足りてねえ。こいつの本来の力はあんなもんじゃねえんだよ」


「上位種三体を一刀で切り伏せておいて、まだ全力じゃないと?」


「そりゃそうだろう。こいつはあの魔王様が使ってた武器だぜ?生身であれだけの怪物が振る偃月刀なんだからよ、あんなデカブツ斬ったくらいは何でもないことだろうさ」


 スフラの持つ偃月刀。名を『青龍せいりゅう偃月刀』という。

 かつて三国志の英雄である関羽かんうが持ったとされる偃月刀の名を冠した、シンの作った神話級の一振り。

 一閃で千の敵をほふり、その斬撃は地を割り、天を裂く。

 その力はおよそ人の手には余るものである。


「こいつを俺が使いこなせる日が来ることはねえだろうけどよ、あんなのがまだいるっていうなら、少しでも使えるようになっておかなきゃあならねえ」


 スフラの偃月刀を握る手に力が入る。

 普段からふざけている様な言動のスフラにしては珍しく真剣な表情だった。


「もしも閣下が今以上の力を手に入れて、そんな化物と戦う日がくるのなら、その時は早めに伝えてくださいね」


「ああ、お前の力も必要になるだろうからな」


「違いますよ。そんな場面に間違っても出くわさないように、早めに逃げる準備をしないといけないんです」


「……そんな事が出来るとでも?」


「人間、死ぬと思えば大抵のことは出来るんですよ?」


 笑顔で見つめ合う二人。

 しかし、その背中には、龍虎のオーラが見える者には見えていたという。




 この世界において、現在最も堅固な守りをもつ国といえばパルブライト帝国で間違いない。

 シンの王都に施した結界は、他国の王都を護っていた結界とは数段上位のもの。それはシンがこの王都エクセルを本拠地としていたことが影響していた。

 エクセルに屋敷をもらったシンは、子供たちを護る為に屋敷全体に不可視の結界を張った。そしてそれはシンの子供たちへの想いもあり、その結界は日に日に強化されていく。自分が居ない時でも安心できるようにと持っていた魔石を屋敷の至る所に設置し、絶対に障壁が破壊されることがないように、万全に万全を毎日のように重ねていった。

 果たしてシンの思う万全とは何なのか?

 すでにその強度は、シン自身の力ですら破ることが出来ないレベルにまで達していたというのに。


 そして今回のエクセルに張られている障壁は、基本的には他国にシンが施していたものと同じであったが、その内に世界の理から外れた結界をもつ『ロバリーハート国キナミ栄誉貴族爵パルブライト帝国別邸』がある為に、エクセルの結界の強度は他国のものとは比較にならないものになっていた。



 ゴブリンジェネラルの放つ魔力砲が、パルブライトの兵士たちの頭の上を抜け、真っすぐに王都にそびえ建つ王宮目掛けて放たれる。

 しかし、その魔力砲は全て音も無く不可視の障壁へと吸い込まれて消える。


 高い知力を持つジェネラルであったが、やはりこの世界での経験が足りなく、キングより受け継いだ記憶の中を探ってみても、何故自分の攻撃がかき消されているのか理解出来なかった。


 他国に侵攻したゴブリン軍の倍以上の兵力をもって攻めたてていたゴブリンたちも、パルブライト軍のもつ大陸最強の戦力の前に、近づくことも出来ずにその数を減らしている。

 とりわけ白銀の甲冑を身に纏う、帝国騎士団の強さは群を抜いており、彼らは密集するゴブリンの群の中を、まるで無人の野を行くが如くに駆け回っていた。


 ゴブリンたちを蹂躙する騎士団。

 途切れなく降り注ぐ矢と魔法の雨。

 規律正しく指示に従い展開されて行く軍兵たち。

 まさに大陸最強の名に偽りはなかった。


 五体いたロードたちも、騎士団に対して魔力砲を撃ってはいたが、その攻撃も全て無力化されていく。

 戦いが始まって一時間が過ぎ、戦況は圧倒的パルブライト軍の優勢で進んでいた。



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