第32話 読み合いの果てに

 魔力砲を放ったジェネラルが確信したのは勝利ではなく成長。

 ブリッツとの、そしてシンとの戦いにおいて、自分の力はそれまでよりも二段階も三段階もレベルアップしたという確信。

 キングすら恐れているだろうシンを自分が倒せるということは、すでにキングの力を上回っているといっても過言ではないだろうと思っていた。

 これからの行動は、まずは目の前の国を落とす。

 そしてその報告に戻った時にキングを殺す。

 後は自分がこの世界を好きにすればいいのだ。

 そこまで考えてジェネラルは戦っていた時以上の高揚感に包まれた。

 あと少しで全てが自分の望むがままになる。あと少し、あと――


 そして気付く。

 何故こんなにも時間の流れが遅いのかと。

 高速で撃ち出した魔力砲は未だシンへと届いておらず、閃光を上げながらスローモーションで進んでいる。

 何が起こっているのか理解出来ないジェネラル。

 思考は通常通りなのに、まるで周りの時間が遅くなっているように感じる。

 自分の落下速度も止まっているように遅く、手足を動かそうとしても感覚はあるのにまるで動かなかった。


――ナニがオコッテイる…・・。オレハナニをサレタンダ……。


 ようやくジェネラルは気付く。自分が何者かによって何らかの攻撃を受けていたということを。そしてその相手は間違いなくシンであることを。

 しかし気付いた時点で全ては遅かったのだと、全ては終わった後だったのだと、ジェネラル感じることはなかった。


 その身体は縦に二分され、横に四分され、八、十六、三十二……・。

 無限とも思える数に切り刻まれ、何も感じることなく塵と消えていった。



 ブリッツは信じられないものを見ていた。

 あれ程までの力を持っていたシンでさえ、ジェネラルの前に敗れようとしている。

 二人のあまりのスピードにその全てを見ることは出来なかったが、シンが連続で攻撃を受けて地面へと叩きつれられたのは分かった。

 周囲に広がる土煙。その上空には跳び上がっていたジェネラルの姿。

 そして感じるジェネラルの高まっていく魔力。

 それはかつて感じたこともない程に膨大で禍々しいものであり、援護に動こうとしていたブリッツの全身を恐怖で硬直させた。

 あれはマズイ。ブリッツの本能がそう告げる。

 あれが放たれれば、辺り一帯が焦土と化してしまうのは間違いないと確信するほどの魔力量。

 当然、この距離にいる自分の命も、ジェネラルの味方であるはずの数十万のゴブリンも、そして――ファーディナント全軍の命さえも助かることはないだろう。


 そして眩しいほどの閃光と共に、ジェネラルの魔力砲は放たれた。

 その光を感知したジェネラルは反射的に死を覚悟した。

 それは瞬きも許されない程の一瞬のこと。


 光はその一瞬で消えた。


「撃たなかった……のか?」


 自分が生きていることを確認したブリッツは、上空にいたはずのジェネラルへと目を向ける。

 そこには、落下することなく浮いているジェネラルの姿がぼやけるようにあった。

 そしてその輪郭は徐々に崩れ始め、砂城が崩れるかのように消えていった。


「お待たせしました」


「うわあぁぁぁ!!」


 突然目の前に現れたシンに、ブリッツは腰を抜かすほど驚く。

 精神的に緊張と緩和が繰り返されていた事で、余計に心構えが出来ていなかったのだ。


「ああっ!大丈夫ですか?回復が足りなかったですか?」


 尻もちをついたブリッツを見て、まだどこか怪我をしていたのかと心配するシン。


「い、いえ、怪我は、はい。もう全部治していただきましたので大丈夫です・・・」


「それなら良かったです」


 ブリッツはそう言って笑顔で手を差し出してくるシンの顔を見てしまうと、お前が驚かせたからだとは言えずに、黙ってその手を握って立ち上がった。


「あの…先ほどの上位種はどうなったのですか?」


 戦いの顛末がどうなったのか、全く理解出来ていないブリッツ。

 彼の中ではシンだけでなく、この周辺の生きとし生ける全ての命が危機に晒されていたはずだった。

 ところが、その当事者であるシンは目の前にいて、ジェネラルは消えてしまった。

 ブリッツには勝敗がついたのかどうかすらも分かっていない。


「とりあえず倒しましたよ」


「とりあえず――ですか?」


「倒すところをゴブリンキングに見られたくなかったんで、ちょっといろいろとやりましたけどね」


「ちょっと、ですか?」


「ええ、戦っている間に、思考加速の魔法刻印をアイツの背中につけておいたりとか」


「……思考加速の魔法刻印?で、では、あのゴブリンが放った魔力砲は…」


「【魔力喰いソウルイーター】で吸収しました。で、それで斬って倒しました」


「では、あのやられていたのも…」


「あいつとほぼ同じ力量で敗れそうになったというのをアピールする為ですね」


「じゃあ、最初にまるで組手をしているかのように戦っていたのは…」


「最初の強さ程度と互角を装ってもすぐにバレると思ったんで、少し鍛えさせてもらいました」


「鍛えていた……。私が手も足も出なかった奴を……。ハ、ハハ…ハハハ……」

 ブリッツの口からは乾いた笑い声が漏れるように出たのだった。


「ああ、あちらも暴れている方がいるようですね」


 シンが戦場の方を見てそう言った。

 ファーディナント軍の西からの援軍を妨害していたゴブリンの群の中に無数の火柱が上がっている。

 ブリッツは目の前のことに集中しすぎていて、戦場で起こっていることに気が付いていなかった。


「スフラさんが到着したなら、ここはもう大丈夫でしょう」


 シンの口から出たスフラという名前。当然ブリッツも知っている名であった。

 ファーディナント最強の男と名高きスフラ伯爵。戦場において鬼神が如し力をもって敵を殲滅する、出会ってしまった相手からしてみれば悪夢としかいいようのない存在。別名『血炎けつえん伯爵』。敵の血飛沫と炎を纏った暴力の結晶。

 そんな悪名にも近い異名をもつ、バイアル大陸最強の一角である。


「……なるほど。今の私が強いなどと思うこと自体がおこがましいことであったのですね……」


 この場所からではスフラの暴れ回る姿はシンにしか見えなかったが、遠くからでも感じるその強さは、自分が完敗したジェネラルすらも凌駕するものであるだろうというのは感じていた。


 そして小さく呟いた。


「世の中はかくも広いものなのですね……」


 その視線はスフラに、心はシンへと向けてのものだった。



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