第28話 狂乱のマリアン

 ゴブリンキングはアーメットに送り込んだ部隊が全滅したことをロードの目を通じて知る。

 そしてそこに映っていたシンの姿を確認すると、誰もいない深い闇の中で僅かに微笑んだ。

 自らの計画が順調であることが分かると、即座に次の行動を起こす。

 暗い輝きを放つ紫色の魔力に包まれたその身体がゆっくりと動き出した。




「陛下!カネリンよりゴブリン軍を殲滅したとの報告が入りました!」


 会議室で待機していたユリウスの下へ通信兵からの連絡が入った。


「これでアーメット、ラスラに続いて三件目でございますね」


 キジャーノが何かをメモしながらそう言った。


 今この部屋にいるのはユリウスとキジャーノの二人だけ。

 報告が上がるまでの間、二人の間には一切の会話はなかった。気の許せる二人であっても、それほどまでに今の状況は予断を許さないものであった。


「三件目がカネリンか。意外に早かったな」


 ユリウスが重い口を開く。


「そうですね。あそこが一番苦戦するかと考えていましたから。もともと今回の件でも協力的ではなかったですしね」


「ああ。何度もこちらから助力を申し出ていたが、最後までそれを渋っておったからな。こちらの計画が崩れるとするならばカネリンだと考えていた」


「一応その時の準備もしてはいましたが、さすがはシン殿の魔道具といったところでしょうか」


「時間の制限があるとはいえ、百万のゴブリンであっても侵入を防げると言われた時は耳を疑ったがな」


「同じことをしようと思えば、王宮魔術師がどれだけ必要になることか……」


「どれだけ集めても出来んだろうな。あれはそういう次元で作られているものではない。そもそも作った者が異次元の存在なのだからな」


「異世界の魔王…ですか」


「そのことを我らが知っていることは伝えていないが、おそらく奴は気付いているだろうな。あれの怖さはその力だけではなく、四百年戦い続けて得た知恵と、その経験による勘ともいうべき頭の切れだ。見た目は普通の若者のような人畜無害な皮を被っているが、アレの中身は正真正銘本物の化物よ」


「本人にはそんなこと言わないでくださいよ。私だって巻き添えで死ぬのはごめんですから」


「ハッ!アレがこんなことで怒るものか。あいつは自分のことより他人のことで怒るお人よしだからな」


「貶したり褒めたりどっちなんですか?」


「あん?私は一度として貶してなどいないぞ?まあ、褒めてもいないがな」


「じゃあ、今まで言ってたのは何なんですか?」


 久しぶりに会話をしたと思ったら、シンのことについて禅問答のようなことを言われて呆れたように溜息をつくキジャーノ。


「私がさっきから言っているのは、奴に対する恐れだ。それと――その存在に対する敬意。絶対的なものに対する敬慕のようなものだな。そうありたいと願い、憧れる気持ちだ。あいつには絶対に言うなよ」


「なるほど……」


 キジャーノは思う。これは皇帝の言葉としては聞き流さねばならない。間違っても他の者に聞かれてはいけない内容のことだった。

 しかし、今回の戦いが全て終わった時、シンはこの世界の人たちからどのような目で見られるのだろうか。

 すでに隠しきれる状況ではない。各国の首脳がその存在を認識しており、戦場で戦っていた兵士たちも戦っているシンの姿を見ているだろう。

 本人にもう少し隠すつもりがあればいいのだが、少しでも多くの人を救いたいと率先して動いているのだからどうしようもない。

 強大な力が世間に広まった時、人々はシンのことをユリウスの言う恐怖の対象として捉えるか、それとも羨望を集め、神のような存在として崇められるのか。

 そしてその時、シンはどのような行動を取るだろうか。

 世間から恐れられる存在として、護るべき家族が迫害を受けそうになったとしたら――シンはその時……。

 そこまで考えて全身に寒気が走ったキジャーノ。

 自分の、そしてパルブライト帝国の全てをもって、最悪の事態だけは避けなければいけないと強く心に誓ったのだった。




 ユリウスの下にカネリン王国からの連絡が入った同時刻。

 マズル共和国に攻め込んでいたゴブリン軍と共和国軍との戦闘も終盤戦を迎えていた。


De grandes fleurs大輪よ――fleurissent dan咲きs toute sa splendeur誇れ!!』


 ゴブリンの群を焼き尽くす真紅の十二葉じゅうによう

 その眩いばかりの大輪の閃光に、一瞬で戦場は緋色に染まる。

 マリアンを中心に吹き上がる炎の花弁はなびらは、一撃で数万ものゴブリンを塵に変えた。


 マズル共和国に侵攻したゴブリン軍は、左右から共和国軍とエトスタ王国軍に挟撃されていた。これも当初より結ばれていた協定によるものであり、それに備えて配置されていた軍勢による既定路線の行動である。

 ロードの王都への攻撃はシンの用意した魔法障壁を発生させる魔道具によって阻まれ、マズルの誇る最強騎士団、そしてエトスタの誇る魔法戦団。とりわけ暴れまくっているマリアン。そんな圧倒的な火力をもつ両軍の攻撃によって百万いたゴブリンたちはその数をすでに三割近くまで減らしていた。


 ロードもただ指を咥えて黙って見ていたわけではない。

 何度か魔力砲を撃ちこみ、それに効果が無いと分かれば左右の敵の兵団を狙って放っていた。

 しかし、敵の本陣と思われる集団は王都を護る障壁と同じような力で護られており、ロードの放った魔法砲は全て手ごたえなく見えない壁に吸収されていった。

 ならば交戦している部隊からというわけにもいかない。

 もともと群れを成し、集落を作って生活しているゴブリンである。キングから生み出されたとしてもその根本は変わらない。ロードにとって仲間であるゴブリンたちを巻き込むような攻撃をすることは本能的に憚られるものであった。


「ハッハー!!やっと会えたな大将!!」


 ロードの目の前、つまり群れの最終ラインを抜けてきた騎馬に乗ったマリアンが叫ぶ。

 その狂気を宿した燃えるような瞳に、ロードは本能的に危険を感じ、付近のゴブリンが巻き添えになることも持さない行動に出た。

 巨大な口が開かれ、収束された魔力がマリアンに放たれる。

 周囲を焦土に変えるほどの膨大な魔力を込めた魔力砲。

 高速で放たれる一撃は至近距離で回避することは不可能。

 瞬きをするほどの一瞬で、魔力砲はマリアンを捕らえた。


 しかし、マリアンに直撃したと思った瞬間。その光弾は真っ二つに割れ、大きく左右に弧を描くように飛んでいき、遠くの森の中に着弾して爆発した。


 そしてその爆発音が戦場に鳴り響いた時、魔力砲を放ったロードの身体も中央から真っ二つとなっていた。



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