第27話 ラスラ王国の悲劇
バイアル大陸北西部にある国ラスラ。
海に面したこの国は、かつてより他の大陸国家との貿易で栄えた国であり、他の周辺諸国とは多少異なった文化をもった国である。
主な宗教は他国同様レギュラリティ教であるが、他の宗教も多く混在している多宗教国家である。
国土はパルブライト、マズルに次ぐ三番目に広く、建国以来海上の防衛で鍛えられた海軍の強さだけではなく、陸上戦においても潤沢な資金を元に強化された軍は、ここ百年敗れたことのない歴戦の軍兵たちである。
しかし、その猛者たちをもってしても、今回の厄災ともいうべきゴブリンたちの襲撃を退けることは困難と思われた。
すでに壊滅させられた町や村は十を超え、幾重にも張られていた防衛線は次々と破られていった。
百万を超えるとも思われるゴブリンの群による津波のような攻勢。
そして、上位種であるロードの破壊的な攻撃。
街は一瞬で飲み込まれ、張られていた魔法障壁は薄紙のように破られた。
群れを攻撃しようとすればロードの攻撃を受け、そのロードには近づくことすら出来ない状況。
多少の数を減らせてはいるが、その怒涛の勢いを止めるにはほど遠かった。
ラスラの王都カナデラ。多国籍の文化が混ざり合った美しい街。
川も森も苦にすることなくカナデラに向けて進軍を続けるゴブリン軍。あと少しでその影が見えるというところまで来ていた。
そこは一面の平原。
彼らの進みを妨げるものは何もない。
それまであった邪魔な魔法障壁も、無駄に攻撃をしかけてくる軍隊の姿も見えない。
ロードはもうじき任務が完了するだろうと考え、高揚した気分で進み続ける。
キングの生み出したロードであったが、その性格には多少の個体差があった。
このラスラの地に現れたロードは、アーメットでシンに倒された個体に比べて好戦的で思慮に浅いものだった。
それが幸いしたのか、それともそんなことすら関係なかったのか。
地鳴りと共に発生した地割れに、ゴブリンたちは次々と落下していった。
「ナ、ナンダ……トマレ!!トマレ!!」
巨体を誇るロードの視点から地割れは見えたが、前を行くゴブリンたちはその異変に気付かずに進んでいく。
慌てて全軍に停止命令を出したロードだったが、彼の権限ではキングの命令を上書きすることなど不可能だった。
巨大な地割れにその百万全てのゴブリンが消えていく様子を、何もすることが出来ずに呆然と眺めていたロード。
そして、事が完了したとばかりに地割れは閉じていき、そこは元の平原となる。
「ア…ア……」
呻き声を上げることしか出来ないロード。
つい先ほどまでの高揚感など、とっくに吹き飛んでしまっていた。
そして考える。
このまま任務が失敗してしまったら、自分は間違いなくキングによって殺されてしまうだろう。
兵を失い、おめおめと帰るなど許されるはずがない。
ならば、自分一人ででも王都を落とさねばならない。
なあに簡単な事だ。自分の力をもってすれば人間の国など一人でも十分だ。
そう気持ちを切り替え、全速力で王都へと向かって走り出した。
「ふぁ、ふぁ、ふぁ。そんなに急ぐこともあるまいに」
猛然と走るロードの前方に一人の人間の姿があった。
それは先程起きた地割れの位置。
その姿はロードの受け継いだ記憶によれば老人という年老いた人間。力もなく弱い存在。
今のロードにはそのような人間に関わっている時間はない。少しでも早く任務を達成しなければ、自分の命が危ないのだ。
ロードは特に何の危惧も抱かぬまま、その進行上にいる老人に向かって走り続けた。
『森羅万象 風の息吹』
走るロードはその身体に受けている空気抵抗が大きく増えていくのを感じた。
『花を散らすは春の訪れ』
その時になって、ようやくロードは老人から感じる魔力が自分を上回るものであると感じる。
危険を感じて足を止める。
すでに老人との距離は十メートルを切ったところだった。
ロードは即座に自身の魔力を集め、魔力砲の準備を整える。
全力をもって対処しなければいけない脅威だと本能的に感じていた。
「ガアァ――」
しかし、それでも遅かった。
老人は両の掌をロードに向け――
『
老人の掌から放たれたのは音速を超える風の一撃。
目に見えない風の砲撃はロードの身体を撃ち抜いた。
「ア…ガ……」
巨大な胴体は跡形もなく吹き飛び、風に散らされた
その力無く開いた口からは小さな呻き声が聞こえた。
「だから言ったじゃろう?そんなに死に急ぐこともあるまい?とな」
まるでロードを敵とすら思っていなかったかのような老人の飄々とした態度。
「キングとやらもこれくらい楽じゃったなら良いんだがのう。まあ、あの方がおる以上、心配はあるまいて。ふぁ、ふぁ、ふぁ。」
崖の奥底に消えたゴブリンたち。
黒い霧となって風と共に消えていったゴブリンロード。
全てのゴブリンが姿を消した平原には、何事も無かったような平穏な景色と、レギュラリティ教総師範ジンショウの高笑いだけが響き渡った。
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