第26話 ゴブリンロードの脅威
セルバーグの街を壊滅させたのはゴブリンの中でも上位に位置するロードと呼ばれるもの。
通常、高い知性と統率力をもち戦闘力の低いロードだったが、この世界でゴブリンキングの分類したロードは、統率力を無視した戦闘力に特化した個体であった。
もともと無限にも生み出せるゴブリンたちによる物量戦を仕掛けるつもりのゴブリンキングにとっては、配下のもつ統率力などハナから必要としていなかった。
しかし、すでに高い知性をもっていたゴブリンキングによって生み出されたロードは、人語すらも理解することが可能な知性をもっており、統率力を失ってなお余りある力をもっていた。
ギャバンでシンによって倒された上位種であるゴブリンは、当時は階級の概念の無かった時ではあったが、その能力的には今のロードには遥かに及ばない。
僅かな時の中で常軌を逸した力を手に入れたゴブリンキングによって生み出された上位種であるロード。巨大な体に膨大な魔力を兼ね備えたその力は、すでにゴブリンという種を超え、人類にとっての恐るべき脅威となってアーメット王国を蹂躙せんと現れた。
そしてロードに与えられたゴブリン兵百万。
その一体一体の力も並みのゴブリンと比べるべくもなかった。
セルバーグを抜け、アーメットの王都を一直線に目指すロードと百万のゴブリンは、田畑を喰らい尽くすイナゴの群のような勢いをもって進軍を続けた。
道中の村も町もあっという間に蹂躙され、そこにあった人々の暮らしの跡は何一つ残ることはなかった。
セルバーグ壊滅から2日。
ついにアーメットの王都、カメオラに辿り着く。
ロードの波動砲のような魔力砲が王都を襲い、それを合図にゴブリンたちが一斉に城壁に向かって走り出す。
ロードに率いられた死を恐れぬ百万の兵。そんな彼らにとって、王都といえども落とすのは容易いことに思えた。
しかしロードは自分の中に形容しがたい何かを感じていた。
ここ王都に至るまでに、人間の抵抗を何も受けなかったこと。
滅ぼした町や村に一人の人間の姿もなかったこと。
その何かは王都に近づくにつれどんどんと大きな、気持ちの悪いものになっていった。
生まれて間もないロードは知らない。
キングから記憶を受け継ぎ、知識と知性をもった彼であったが、キング自身が自覚していない感情までは知りようがなかった。
人はそれを――不安という。
だが、たとえその感情を知っていたとしても、キングの命令は絶対である。
ロードには進む以外の選択肢はなかった。
ロードの放った魔力砲による爆煙が徐々に晴れていく。
そして爆煙の中を突撃していたゴブリンたちの姿も見えだす。
その様子を見て、ロードは驚愕という初めての感情を感じた。
そこには傷一つついていない城壁。
そして、その直前で見えない壁に阻まれ、進めずに後続の仲間によって押しつぶされていく兵たち。
もしもロードに不安を理解するだけの経験値があれば、そしてキングの命令に対して抵抗する力があれば、高い知性をもったロードならば気付いていたかもしれない。
自分たちは罠にかかっていたのだと。
「――外れか。まあ、最初から出てくるはずないわな」
起こっていることに理解が追い付かずに棒立ちになっていたロードの耳に、ふいに人間の声が聞こえた。
『地の理を覆し――』
今度は頭の中に直接届くような声。
『空の自由を我が手に落とせ』
その瞬間、意識を失いそうなほどの恐怖がロードを襲う。
『
凄まじい轟音と共に大地が激しく振動した。
高密度に圧縮された空気が大地の重力によって引き寄せられ、百万のゴブリンたちの上に数百倍の重力を与える圧となって降りかかる。
それは一瞬。
衝撃波によって弾き飛ばされたロードが再び目を開いた時には、それまでいた百万の兵たちは跡形もなく姿を消していた。
自分の目を疑うロード。
何が起きたのか分からない。こんな情報は受け継いで生まれてきていない。
混乱が混乱をよび、思考がぐちゃぐちゃになっている。
何が起こった?
どうすればいい?
しかし答えが出ることはない。
彼に与えられていた命令はアーメットの王都を滅ぼせという、ただ一つのことだけ。
全くまとまらない思考であったが、ロードはゆっくりとその巨体を起こす。
思考がまとまらない今、彼の身体を動かすのはキングからの命令のみ。
何が起ころうとアーメットを滅ぼすという命令のみ。
それはロード自身が考えたことではなく、完全に無意識下の行動だった。
全身の魔力を集める。
ロードの残された魔力の全てが集束されていく。
さきほどの魔力砲とは桁違いの威力を秘めた一撃の準備が整う。
王都カメオラだけでなく、辺り一帯が焦土に変わるほどの威力を秘めた一撃。
大きく口を開き、凝縮された魔力を一気に放出――
――する瞬間、シンの右こぶしがロードの頭部を殴りつけた。
その左手に握るは『
ロードの魔力砲の魔力は喰い尽くされ、ロードの身体はシンの一撃によって大地のシミと化した。
「まずは一カ所目終了、と。さて、他のところはどうなってるかな?」
戦いに「たられば」は無い。
ロードが道中の不自然さを理解する経験があったなら、もしキングの命令に抵抗する力があれば、この結末を迎えることはなかったかもしれない。
作戦を自身の力で変更出来たかもしれないし、途中で退却することも出来たかもしれない。
「たられば」は無い。
しかし一つだけ確定していた事がある。
作戦を変更していようと、途中で退却していようと、どんな今と違った未来があったとしても、ロードたちがシンによってこの日殲滅されること。
それだけは――決して逃れられない運命だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます