第25話 セルバーク消失

 その日のセルバーグ近郊の巡回当番は第6騎士隊に所属するバローズ曹長の率いる一隊であった。

 二十名から組織されている彼らの隊は、普段より決められているコースを通り、周囲の異変が無いかの確認をしていた。

 不測の事態に対応すべくフル装備で騎馬を駆る彼らは、真夏の強い日差しを受けて、その全身に流れるような汗をかいている。

 それでも誰一人として暑さに弱音を吐くことなく、神経を研ぎ澄ますように周囲を観察していた。


 巡回を始めて四時間。

 自分たちの定められているコースを回り終えたバローズ隊は、その日の役目を終えてセルバーグの街への帰路へとついた。

 街が視界に入って来た頃、隊の先頭を進んでいたバローズがある異変を目にする。

 その異変――ナニカは遥か遠くに突然現れた。


 バローズからおよそ三百メートル先に現れた人影。

 本来その距離からならば人影だと認識できないはずなのに、バローズには頭部と四肢のある何かが二本足で立つ姿がはっきりと確認出来た。


「全隊停止!!」


 その不可解さにバローズは部下たちに反射的に停止命令を出す。

 普段の訓練などでは聞いたことが無いバローズの焦ったような号令に兵たちは何か異変があったのだと感じ取っていた。


「曹長、あれは……」


 すぐ後ろを進んでいたルーシヴ伍長がバローズの見つめる先にある何かに気付く。


「ルーシヴ……。お前はすぐに報告に戻れ。他の者は俺と一緒にアレを確認にいくぞ」


「曹長!それは危険すぎます!一旦戻って本隊の指示を仰ぎましょう!」


 すでにルーシヴもアレの異常さに気付いていた。


「大丈夫だ。排除できそうならやるが、危険と判断したら全力で逃げる。お前は今の状況だけを伝えてくれ」


「……了解しました」


 そしてルーシヴが馬を本隊のある方角へと馬を返した瞬間――

 彼の――いや、バローズ隊全員の体に悪寒が走る。

 それは彼らがおおよそ経験したことのないほどの恐怖からくる寒気。全身の汗が一気に引いたような感覚と、真夏の暑さを忘れるほどの強い寒気が襲ってきた。


 そして強い光がそのナニカを中心に広がる。咄嗟に腕を上げて目を庇うバローズ。

 その光より僅かに遅れて聞こえてきた金属同士がこすれたような高音。

 それを打ち消すかのような耳を劈くような爆発音。

 兵士たちは自分たちの身に何が起きているのか分からず混乱する。

 そんな中、辛うじて視界を確保することが出来ていたバローズが見たものは――


 火山が噴火したかのように舞い上がる噴煙。


 それと、跡形もなく消え去ったセルバーグの街だった。



 ロバリーハートよりも遥か南方に位置するアーメット王国。

 ゴブリンキング軍との次なる戦いの火蓋は、その領土のほぼ中央部に位置するセルバーグに鳴り響いた轟音を開戦合図に切って落とされたのだった。




「報告いたします!ファーディナント王国より連絡があり、国土西部に百万を超えるゴブリン軍が現れたとのことです!!その中に上位種と思われる巨大なゴブリンの姿も確認したと!!」


「なんと?!ファーディナントもか?!今日だけですでに五つの国に現れたことになる……。それも全て上位種を含む集団とは……」


 通信兵よりの連絡を聞いたタッソは頭を抱えるように呟いた。

 その場にいた主要な諸侯らからもどよめきが起こる。


「ふん。ここまではこちらも想定していた範疇だ。そこまで慌てることもなかろう」

 内心に多少の焦りは感じていたが、それをおくびにも出さないユリウス。


「し、しかし陛下!奴らの上位種は街を一撃で吹き飛ばすほどの力を秘めておるのですぞ?!それがすでに五体も現れたと聞いては落ち着いてなどいられませぬ!」


「すでに賽は振られておるのだ。我らの計画通りに奴らが動いている限りは慌てる必要は無い。むしろ喜ぶべきことではないか」


「陛下。それは少々間違っておられるかと」


 傍に控えていたキジャーノがユリウスの言を諫める。


「冗談だ。さすがに私もそこまで楽天家ではない。アーメット、マズル、カネリン、ラスラ、そしてファーディナント。まるで我が帝国を徐々に包囲するように攻めてきておるではないか。」


 大陸西部の南西に位置するアーメット。南東に位置するマズル。北西に位置するラスラ。北東に位置するカネリン。そして大陸中央部よりもやや南西に位置するファーディナント。


「次は東のバイラミーか?それとも北部のバスラットか?」


 ユリウスの言うように、その出現地帯は徐々にパルブライト帝国に迫ってきているように思えた。


「直接来るかもしれませんね」


「キジャーノ。恐ろしい事を言うな……今はシンがこの王都におらぬのだぞ?」


「シン殿が不在でも軍の方の準備は整えておりますので対応可能でしょう。それに私としてはその方が話が早くて助かるのですがね」


「お前はそれで助かっても、戦う事で助からぬ命もある」


「私のも冗談でございますよ」


「お前……」


 皇帝と宰相という身分の差はあるが、歳の近い二人は、幼い頃よりの友人であるため、このような軽口を言っていても誰も咎めるようなことはない。むしろそんな二人のやり取りを見ることを楽しんでいる者すらいた。


「……まあいい。今は各々の国で耐え凌いでもらうしかないのだからな。我が帝国も含めての話だが」


「我らは良いとして、カネリンやアーメットがどれだけ耐えることが出来るのかが問題ですね」


「耐えてもらわねば困る。その為にこれまでいろいろと手を回して準備をしてきたのだからな」


「主にライアス様とシン殿が、ですけども」


「……他国に対してはそうだ」


 緊張した状況下での二人のやり取りを微笑ましく眺める諸侯たちであった。



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