第24話 トラウマへの決別
ロバリーハート国キナミ栄誉貴族爵パルブライト帝国別邸。
完全非公式で付けられているこの名前を知っている者は、屋敷で働く使用人と、その名づけ親であるフェルトだけだった。
別邸とはいえ、ロバリーハートに本宅があるわけではない。
正式に国王ダミスター=ロバリーハートより爵授されてはいるが、一般的には非公表であり、シン自身も認めていない為、このように使用人たちに思われていることをシン自身は知らなかった。
対外的には、功績を上げた一冒険者のシンが、特例的な処置により皇帝ユリウスから与えられた屋敷という認識である。
そんな屋敷の一室。いつものようにシンの自室に集められた一同。
フェルトにライアス、ジャンヌとロイドに加えて、今回はローラ、ルイス、ミアのちびっこ三人と執事のフルークもその場にいた。
「みんな急に呼び出してごめんね。フルークさんも忙しいのにすいません」
「私のことはお気になさらずに。ご主人様のご用件が何よりも優先されますので」
「ありがとう。それじゃあ大事な話なんだけど手短に話すね」
「シンさん。それはどうかと思いますよ?」
「……ごめんなさい」
最近、どうもフェルトとの力関係が変わってきているように感じるシンだった。
「集まってもらったのは、今後の事についてみんなに知っておいてもらいたいと思ったから」
一瞬びくっとするちびっこたち。
もしかしたら自分たちがここから出ていくことになるのかと思ったからだ。
「ん?ああ、心配しなくていいよ。別に君たちをどうこうという話じゃないから」
表情からそれを悟ったシンが優しく三人に声をかけた。
「今、この国を含む、バイアル大陸西部全域において重大な危機が迫っています。それは国と国の戦争なんて比較にならないような危機です」
シンの言葉に子供たちに緊張が走る。
「それは…お義父様でもどうにも出来ないようなことなのでしょうか?」
不安そうな顔のジャンヌがそう言った。
ゴブリンキングの事を知っているのは、この場ではフェルトとライアスのみ。ジャンヌを含む子供たちにも話していないこと。
ジャンヌにしてみれば、シンにどうこう出来ないような事があるとは微塵も考えたことがなかった。圧倒的な力を持ち、自分を救ってくれたシンに不可能なんてないと。
しかし、そのシンが自分たちを集めてまで話さなければならない重大な危機。その事の重大さをこの場の誰よりも感じていたのがジャンヌだった。
「どうにも出来なくはないと思う。いや、どうにかしないといけないんだけどね。でも、今回はちょっとばかり俺の手に余るような話なんだ」
シンとしても一人の犠牲者も出ないうちに片をつけたいと思っていたが、すでにマズル・エトスタの地において少なからずの犠牲者が出ていた。
そのことからも、知性を持ったゴブリンキング相手では、自分一人の力で全てを救うことは出来ないと考えている。
「お義父様の手に余る相手……」
ジャンヌの表情が一気に曇る。
「それは……お義父様が負けるかもしれないということでしょうか?!」
ジャンヌにとって最も考えたくなかったこと。
「落ち着きなさいジャンヌ」
ライアスがそっと興奮していたジャンヌを諫める。
「先生は手に余る――と、おっしゃったのですよ。決して敗れると言ったわけではありません」
その言葉は普段のライアスの話し方であったが、どこか表情に優しさを含んでいた。
「俺の言い方が悪かったかな?俺は全然負けるつもりはないよ。でも、ぱっと行って倒して終わりって感じに、いつもみたいには出来ないって話」
その言葉を聞いて、ジャンヌは少し落ち着きを取り戻した様に見えた。
「話を戻すけど、今回の危機――敵だけど、ゴブリンキングっていう奴なんだ」
ゴブリンという言葉に子供たちがビクッと反応した。
「子供たちには辛い話かもしれないけど、知っておいてもらいたくてここに来てもらった」
そう言って五人の子供たちの顔を真剣な表情で見回す。
「ゴブリンて名前で気付いた人もいると思うけど、そいつがギャバンでみんなを襲ったゴブリンたちを指揮していたボスだ」
瞬間的に子供たちの脳裏にフラッシュバックする悲劇の記憶。
ここにいる五人の子供たちは皆ゴブリンによって家族を殺され、そして連れ去られた過去を持つ者たちである。
運よくシンによって助け出され、今はこうして普通の暮らしをすることが出来ているが、それすら叶わす命を落とした多くの子供たちがいたことも知っていた。そしてその中に自分がいても不思議ではなかったことも理解していた。
ジャンヌとロイドは若干の動揺が見て取れたが、精神的にも成長を果たしている二人は過去の悲劇をほぼ克服しかけていた。しかし、他のちびっこ三人は当時の事を思い出し涙を浮かべ身を寄せ合っていた。
「辛い事を思い出させてごめんね。でも聞いておいてほしい。特に君たち五人には知っておいてほしい。あの時起こった悲劇を作ったのが誰なのか、そして――そいつが滅んでいくまでの全てを知っておいてほしい」
「え……?」
ローラが涙目で呟く。
「俺とライアスはこれからそいつをぶっ倒しに出かける。そして絶対に全てを終わらせてくる。帰ってきたらそれをみんなに全部話すから。何があってどうなったのかを。君たちの過去の悲劇は取り消せないけど、これからの未来にその哀しみを持ち込ませないように。全部終わらせてくるから」
のんびり異世界を見て回りたい。
当初はそんなことを考えていたシンだったが、いつの間にか護りたいものが出来てしまっていた。
ロバリーハートで出会った人たち。
アデスのレギュラリティ教の人たち。
ギャバンの街や、途中で立ち寄った村や町の人たち。
このパルブライトで知り合った人たち。
そして何より――目の前にいるみんなや、この屋敷にいる人たち。
シン自身でもそれほど意識してなかったことだったが、そのうちの誰か一人でも命を落とすことがあるかもと考えた時、自分の中にどす黒い感情が生まれたことに気付いた。
子供たちに話しかける言葉こそ普段の話し方であったが、その心の中はゴブリンキングへの怒りが燃え盛っていた。
すでにシンの打てる手は全て打った。
それでも多くの被害が出るだろうことも覚悟していた。
しかし、それでも護れるものは全て護る。そう固く決心していた。
異世界の元魔王様が、この世界で初めて本気を出す時がきたのだった。
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