第23話 厄災の元凶とは

「おそらく奴らが打って出てくるのは時間の問題だろう。我々は完全に受けにまわるしかない以上、今出来ることは迎撃の準備を整えることしかない。それも全大陸単位でだ。まったく、忌々しいことだ」


「陛下。我ら帝国は陛下のご命令により、話のあった当初から準備を進めてまいりました。すでに国内のどこに奴らが現れようとも戦える態勢にございます」


 初めて軍務卿らしい発言をするタッソ。皇帝直属の騎士団は別として、各地に配置されている帝国軍、総数約六十万の兵をまとめ上げる地位にある男。決して賑やかしの為にこの場に来ているわけではなかった。


「それは分かっておる。国内にある街への兵の配備や、その街を繋ぐ箇所への駐屯地の設置。その各兵団同士の情報伝達の整備など、全てお主の技量あってのものである」


「勿体なきお言葉でございます」


「その上でこちらには規格外のシンもいる。しかしそれでも――だ。相手の戦力が未知数である以上、万全とはならぬ。それがこの西大陸全土となれば、すでにゴブリンキングについての通達はしてあるが、エトスタのように戦力がまわせぬ国もある。我らが自国だけを護っていても、いずれは態勢の綻びだす国も出てこよう」


「かといって他国へ兵をまわす余裕はございません」


「ああ、それで自分たちが滅んでしまっては元も子もない。それぞれの国で耐えている間にシンが向かって殲滅させる。エトスタの時と同じようにして凌ぐしか方法はない」


 戦略はすでに立ててある。しかし、それは戦略といえる代物ではとてもないことをユリウス自身が誰よりも分かっていた。

 そしてシンとて万能ではない。大陸の端から端まで移動するのに数日は要するというのが分かっている。同時に複数個所に敵が現れるだろうと予測される今、ユリウスにとってそれは命の選択を迫られているような気分だった。

 更に不安要素としてあるのはゴブリンキング単体の強さである。シンがいくら規格外だとはいえ、それを上回ってくる可能性は低くない。すでに見せているゴブリンキングの力の一端は、下手をすればシンの力すら上回っているのではないかとすら感じていた。

 もしも途中でシンが倒れたなら、ユリウスの知る限りゴブリンキングを倒せる者はこの大陸中を探したとて見つからないだろう。もしそんな力を持った者がいるのならば、そのような者が大人しく隠遁生活を送っているはずがないのだ。

 つまりシンの死イコール大陸の滅亡を意味する。それは西大陸だけの話ではなく、東部も含んだバイアル大陸全てがゴブリンの蹂躙によって死の大地となるだろう。


「シン殿。一つよろしいか?」


 重苦しい空気の中、シルヴァノが口を開いた。


「本当にゴブリンキングは、この西大陸にしか現れないのだろうか?シン殿を恐れて東部から侵略を始めるという可能性は本当に無いのだろうか?」


 ユリウスよりゴブリンキングは西大陸にしか出現しないと聞いていたシルヴァノ。しかし理由は聞かされていないので、そのことがずっと気がかりだった。


「そうですね。間違いないと思いますよ」


「その理由をお聞かせ願えるだろうか?」


「ユリウスさん。全てお話しても構いませんか?」


 シンはユリウスにその理由を伝えてはいたが、その部下に伝えていないということは、何らかの思惑があっての事だろうと考え、そのことをこの場で言ってもいいか確認した。


「ああ、構わぬ。これまでは不要な混乱を招いてはと思い秘匿してきたが、すでにその時期は過ぎた。むしろ皆が知っておいた方が戦い易かろう」


「分かりました。ではお話しますね」


 それはシンがギャバンにおいて上位種のゴブリンを倒した時に感じた事だった。


「ゴブリンキングは、この西大陸にある龍脈を吸収することでそのエネルギー、つまり生命活動の元としています」


「龍脈を!?」


「はい。大地を流れる膨大な魔力。その力を使って異空間に隠れている以上、少なくともあいつはこの西側にしか姿を出すことは出来ないでしょう。まあ鎖でくくりつけられている犬のようなものです」


「犬……そんな可愛らしいものではないがな」


 ユリウスはそう言って鼻白んだように天井を見上げた。


「それが真であれば、龍脈で繋がっている東大陸にも行けるのではないですか?」


「いえ、ランディアス山脈で東西に分断されているこの大陸は、何故か龍脈も分断されているのです」


「龍脈が分断?そんな話は聞いたことがありませんが」


 キジャーノがシンの言葉に異を唱える。


「ランディアス山脈を含むバイアル大陸全土に龍脈が張り巡らされているのは、昔からの研究結果として知られております」


「キジャーノの疑問はもっともだな。私もシンに話を聞くまではそう思っておった。シンよ、皆に説明を頼む」


「簡単に言いますとですね。龍脈としては繋がっています。でも、流れている魔力の質がランディアス山脈と西大陸とでは異なるのです」


「魔力の質、ですか?」


 どういう意味だと首を傾げるキジャーノ。


「はい。理由は私にも分かりませんが、通常の魔力の中に何か別の大きな魔力が混ざり合って流れているのがこちら側ですね。そのせいで龍脈としての道は繋がっているのに、実際に流れている魔力はこちら側だけで巡回している状態です。なので、そこを辿ってあっちに出ることは出来ません」


 リナン平原で見た乱魔流。そこに含まれていたのは龍脈を流れているはずの魔力だけではなく、他に何か別の――もしくは何者かが仕組んだ、異なった三種類の魔力をシンは感じ取っていた。



 かつて若き赤龍を封印すべく作られた、いにしえの三柱が力の結晶。

 その残滓は行き場を失い、集まり、淀み、そして一匹のゴブリンを破滅カタストロフィ級の怪物へと成長させていた。




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