第22話 影の一族
宮廷にある一室。来客を迎える応接室ではなく、中央に楕円形の机が置かれた小会議室として使われている部屋。
シンがエトスタより帰還した翌日、再びユリウスによって宮廷へと招集されていた。
訪れたのはシンとライアス。フェルトはロイドとジャンヌがギルドの依頼を受けていたため、今回は二人に同行することで欠席していた。
パルブライト側は皇帝ユリウス、宰相キジャーノ、軍務卿タッソ。そして騎士団総団長のシルヴァノの四人。いずれも緊張した面持ちでシンの語る内容に耳を傾けていた。
「ユリウスさんには昨日話した内容ですけど、今のがエトスタで起こっていたことです。その前のマズルでどうなってたのかは、皆さんの方がご存じだと思いますが」
すでにマズルから直接連絡を受けているか、それ以前に密偵により伝えられているだろうとシンは考えていた。
「ああ、マズルでの事――最初にゴブリン軍が発生した時の状況などはすでに我が国の影から報告を受けている」
「影?密偵のようなものですか?」
「そうだ。代々皇帝の命にのみ従い、その存在は要職についているものにすら秘匿されている、隠密一族だ」
ユリウスはすぐにシンの言葉を肯定した。この期に及んでシンに対して隠し事をするのが一番の悪手であることは、この場に集まっている重鎮たちは理解している。
「隠密一族……忍者みたいでかっこいいですね」
「にんじゃ?それは――」
「ああ、気にしないでください。私が昔いた国に、それに似た職業があったんですよ」
シンは遠い記憶を思い出して懐かしく思った。
「影が職業――そういう捉え方もあるのだな。まあ、給金のように報酬も出しているしな」
ユリウスにしてみれば――彼の一族は生まれ落ちた時から、影として生きることがその存在意義であるのだと思っていた。そんな彼らが仕事としてやっているという感覚は無かった。
そんな自分には無かった考え方のシンの言葉に、それまで硬かったユリウスの表情が僅かに緩む。
「二人にもこれから伝えるつもりなのだが……おい、お前たちはいつまでぼおっとしておるのだ」
シルヴァノは天所を見上げ、キジャーノは呆然とシンの背後にある壁を見つめ、タッソに至っては口をあんぐりと開けたまま気絶しているかのように硬直していた。
「し、失礼いたしました。その、シン殿の話があまりに、その、とんでもない話でしたので…」
キジャーノがはっとしたようにユリウスへと謝罪する。
「私もシン殿が規格外なのは承知していたつもりでしたが、ここまでとはさすがに思っておりませんでしたもので。先ほどの話を聞いて、陛下が平然としておられることにも驚きですが」
シルヴァノもシンの戦い方を聞いてショックを受けていた。
「ああ、私は昨日聞いていたからな。その時はお前たちと同じような反応になったぞ。だからお前たちが驚いているのも別におかしな話ではない。まあ、タッソほどではなかったが…」
「軍務卿!しっかりしてください!」
キジャーノが隣の席のタッソの肩を揺さぶって正気を取り戻させようとする。
「――はっ!私は何を?!何かとんでもない夢を見ていたような……」
「全て現実ですよ。しっかりなさってください」
タッソの反応に、やれやれといった表情のキジャーノ。しかし、つい先ほどまで自分も同じような間抜け面を曝していたのかと思うと、若き天才宰相の頬も赤くなっていった。
「さて、皆の正気も戻ったところでだが、驚いていたのはシンの強さの部分ばかりというわけではあるまい?我々は百万ものゴブリンが現れたと聞いて、いよいよゴブリンキングが出てきたと想定していたわけだが、今の話だとキングどころか上位種とみられる奴すらいなかったという。これがどういうことか分からぬ諸兄らでもあるまい」
「今回は先発部隊だったということでしょう。おそらくは人類の戦力を測る目的だったと推測されます」
「私もそう思う。つまり敵はあれだけの戦力を用いながらも、それを捨て駒に使えるほどの戦力をまだ隠し持っているということだ。あれの何倍、何十倍。もしかすれば、無限にゴブリンを生み出せるのかもしれん」
「無限に増える兵……」
ユリウスの言葉にタッソの顔が青ざめる。
「そもそもゴブリンを含めた魔物は、常に無限に増え続けているようなものだがな」
「陛下。それとは規模が違います」
「分かっておる。冗談だ、冗談」
キジャーノの言葉をひらひらと手を振って受け流すユリウス。
「どうだ、シンも同じような考えか?」
タッソの正気を取り戻させるくだりあたりから、パルブライト側のやり取りを楽しそうに見ていたシンは、突然そう振られて、慌てて生暖かい視線を隠す。
「まあ、そうですね。ほぼほぼ同じような考えです。それに一つ付け足すならば、今回の件で私の存在が敵にバレたということでしょうか。それも相手の狙いだったと思ってます」
「――なるほどな。敵は我々が考えている以上に強かだということか」
ユリウスの表情が強張る。最大限の警戒をしていたつもりだったが、それでもまだ自分の考えが甘かったことに悔しさが込み上げる。
「シン殿の存在が相手に伝わるとマズいのでしょうか?先ほど聞いたようなカイブ、失礼。驚異的な戦い方をする相手だと知れれば、策を弄するような知性のあるゴブリンキングがわざわざ戦いを挑もうなどとは思わないのではないでしょうか?」
「タッソよ。それは我々の常識の話ならば間違いではない。しかし、今回の相手はその常識の外にある敵だぞ。シンはすでに検討がついている、というよりも、そもそも最初にそうだろうという情報はシンから得たものであったな。影が集めてきた情報によれば、ゴブリン軍はマズルの北東二十キロの地点に突如として出現したということだ」
「突如として――ということは、やはりシン殿が当初危惧していた通り……」
キジャーノが最悪の展開を予想して顔を曇らす。
「ああ、やつらは空間を転移、もしくは別の空間内から兵を送り込んでくることが出来るということだ」
「その能力を持った奴らがシン殿の存在を知った。ならば敵の選択肢は二つ――敵わないと諦めて大人しくするか」
「勝てると踏んで攻め込んでくるかだな。おそらくは後者だろうが」
「でしょうね。私たちが考えていた最悪の道を通っていってますね」
「ああ、そういうことでしたか」
ユリウスとキジャーノの会話を聞いてようやく合点のいったという顔のタッソ。
「すっかりシン殿の強さに驚かされ過ぎておりました。これはシン殿とゴブリンキングの戦いではなかったですな」
そう言ったタッソに先ほどの間抜け面の名残はまったくなかった。
「そうだ。これは、ゴブリンキングを倒すか――人類が滅びるかという戦いなのだ」
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