第21話 勝利条件
「おかえりなさいませ」
扉を開いてシンを迎え入れるフルーク。
留守にしていたのは数日であったが、シンはその顔を見てどこかほっとしたものを感じていた。
「ただいま。フルークさん。留守中に変わりはなかった?」
「特にこれといってお伝えするような事はございませんでした」
あったことといえば、いつもの貴族による面会希望の訪問くらいのもので、特にシンに報告するようなことでもなかった。
「そっか。でも、あれもそろそろ面倒になってきたよね。フルークさんの仕事の邪魔になるだろうし」
シンもそのことには気づいているようで、フルークを気遣う言葉をかける。
「いえいえ、あれしきのことで仕事に支障をきたす様なことはございませんよ」
「まったく頼もしいもんだよ」
「お褒めにあずかりまして光栄にございます」
――フルークさんはそう言ってくれてるけど、ゴブリンキングが動き出した以上、あんまり無駄な事に人手を割きたくないんだよね。
「陛下のところにはもう行かれましたか?」
「一応ね。簡単な報告をしてきただけだけど」
「そうでございますか。お疲れになったでしょう。お食事にいたしますか?湯床の用意も出来ておりますが、いかがされますか?」
「じゃあ先に風呂入ってこようかな。移動の間は入れなかったしね。で、食事は出てからにするよ」
「かしこまりました。アレンカーにそう伝えておきます」
「ありがとう」
疲れという疲れを感じるような仕事ではなかったが、帰宅したら先に風呂に入るという前世の週間が未だに残っているシンであった。
――これから忙しくなるだろうし、こういう時間は貴重だからねえ。
「今回は様子見という感じでしょうか?」
ライアスがソファに座って寛いでいるシンに問う。
ここはいつものようにシンの自室。フェルトとライアスを呼んで、今回のエトスタでの件について報告していた。
「多分――というか、間違いなくそうだろうね。ギャバンの時に尻尾を掴ませなかったことといい、その後に姿を見せなかったことといい、あいつをゴブリンと考えない方がいい。かなり賢そうだよ」
「様子見――ですか。それは人間側の戦力を測るという意味でしょうか?」
話を聞きながらお茶の用意をしていたフェルト。温めておいたティーカップにお茶を注ぎながら話に入ってくる。
「それもあると思うよ。今回は上位種って感じの奴はいなかったから、それでどこまで戦えるのかを試したんじゃないかな?でも、一番の目的は俺を探すことだったんだろうねえ。マズルから手を出してきたのも、俺が到着するまでの時間を測ってたのかもしれない。もし来なくて全滅していたとしても、奴にとって痛くない戦力を送ってたんじゃないかと思う」
やれやれといった表情でそう言うと、フェルトの用意してくれたティーカップを手に取る。
「それで先生が出向いたというのであれば、まんまと相手の策に嵌まったということですか?」
「今回はそれしか方法が無かったから仕方ないね。こっちが後手にまわっている以上はね」
「じゃあ、シンさんがこの国にいることも相手にはバレたということですか?」
自分の分のお茶を入れていたフェルトの手が止まる。
「いや、そこまではどうだろう。それは俺の移動速度をどう考えているかによるんだけど……」
それは帰ってくる途中でも考えていた事。おそらくゴブリンキングはシンが空を飛んで移動できることに気付いたはずだ。その手段が手下のゴブリンとの魔力共有だけなら問題ない。それは視覚での確認と変わりがないからだ。しかし、もしもシンの知らない何かを用いていたのだとすれば、大体の移動速度まで知られている可能性もあった。
「百万のゴブリンを一掃して、空まで飛んでくる先生を見ても尚、奴らは戦おうとするでしょうか?」
「少なくとも人間だったらしませんね。白旗振ってごめんなさいって言います」
「私もフェルト殿と同意見ですよ。そもそも命令に従う兵がいるとも思えませんしね」
「でも、あいつらは来るよ。絶対にくる。今回の戦いで自分と俺との力関係を測って勝てると感じているはずだから絶対にくる」
「シンさんに……勝てると感じている?」
「……そこまでにゴブリンキングは強くなっているということですか?」
二人はシンの言葉が信じられなかった。
少なくとも目の前にいる男は、伝説の古龍を蹴散らし、単身で巨大なケルベロスを倒し、数十万のゴブリン軍を殲滅した化物である。そんな男に勝てると感じるなどあり得ない話だった。
「勝つといってもいろいろあるから。今回の戦いのお互いの勝利条件を考えてみて」
「勝利条件?シンさんとゴブリンキングのどちらが勝つかじゃないんですか?」
「最終的にはそうなるかもしれないけども、相手が何を目的としているか、俺たちはそれにどう対処しないといけないか、だね」
「相手の目的は餌としての人間の確保。我々はそれを阻止する為にゴブリンキングを討伐すること。でしょうか?ああ――そういうことですか」
「ライアスは気付いたみたいだね。そう、奴らは俺を倒す必要なんてないんだ。俺のいないところを攻めて人間を確保することさえ出来ればね。今回の件で敵に俺が瞬間的に移動できないということが知れた以上、奴らは複数個所を一斉に攻めれば目的は達成できる。つまりそれが俺に勝てると感じた理由」
「複数個所を同時に……だとしたら、それはシンさんが――」
「相手の策に乗ってあげたんだから、今度は向こうが乗ってくれないと不公平でしょ?」
シンは少し冷めかけたお茶を一気に飲み干す。
――さあて、早めに出てきてくれよ。
シンとゴブリンキング。
それぞれの思惑が交差する中、戦いの第二ラウンドの始まりはすぐそこまできていた。
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