第19話 マリアン、命を賭した戦い

 二人を包む魔力は一際強い光を上げて膨張していく。

 マリアンが残る全ての魔力を一気に放出して勝負を決めようとしたのだ。


「ちょっと!それ以上やったら死にますよ!!」


「お前も一緒にナァー!!」


 相変わらず顔を背けたままのシンだったが、マリアンはそれを苦しんでいると捉えていた。


 ――この人に死なれたら意味が無いんだよ!!


 ターフの呼びかけによって自分の目の前にいる人物が目的のマリアンであることを知ったシンは、何としてもこの状況を打破すべく――薄目で前を向いた。


「ぐはっ!!」


 薄目でも見えるものは見えるのだ。

 全力で目を瞑るシン。全く何の進展もなかった。


「あばよっ!!バケモン!!」


 そしてそのシンの行動も裏目に出る。

 苦しそうなシンの表情を見たマリアンが自身の魔力を体内で暴走させる。

 制御を失い暴走した魔力は、激しく唸りを上げて体内で加速し、その種類の異なる三種類の魔力が反発しあって互いの威力を増幅させていった。


「マリアーン!!」


 ターフは自身の耐えうることの出来る範疇を遥かに超えた魔力の波動に近づくことが出来ず、ただ離れた場所から叫ぶことしか出来なかった。


 三色の光が混ざり合い――眩い純白の光となり拡散する。

 戦場でその様子を見ていた兵士たちは皆が目を伏せ、全身に感じる凄まじい魔力の波動に身を震わせた。

 そして襲ってくる爆風のような衝撃波。

 近くにいたターフだけでなく、半径数十メートルの範囲にいた兵士たちも耐えることが出来すに吹き飛ぶ。

 シンによって回復した魔力を使って身体強化を再び施していた兵士たちであったが、その衝撃を耐えきることは叶わず、一瞬で意識を飛ばされるほどのダメージを受けた。


「――ガッ!ぐっ!」


 もっとも至近距離でその衝撃を受けたターフだったが、意識を失うこともなく、僅か数メートルほど吹き飛ばされたところで踏みとどまっていた。

 それでも全身に強い痛みがある。少なくとも骨の何本かは折れているだろう。鼓膜もやられたらしく、うるさいほどに耳鳴りがしていて周囲の音が聞こえない。何とか開いた目に映る視界すらもぼやけている。

 それでもマリアンの身を案じて懸命に顔を上げる。

 そして、その揺れ動く視界に映ったのは、先ほどまでと変わらぬ体勢で立っているシンと――その胸を剣で貫かれているマリアンの姿だった。




「今のはヤバかったな……」


 シンはぼそりと呟く。

 その右腕にはピクリとも動かずに項垂れているマリアンを抱いている。

 弱いながらも微かな呼吸。その心臓はシンの腕を伝って確かな鼓動を伝えている。

 そして左手に握っているのは魔剣――《魔力喰いマナイーター》。

 その剣先はマリアンの心臓を貫いていた。


「さすがに一か八かだったけど……」


 ――上手くいって良かったよ。今までこういう事態も想定してきてなかったからなあ。


 この世界に来るまでは生き延びる為に強さを求め続けていた。

 魔力を鍛え、剣技を鍛え、そして様々な魔法を学んだ。

 しかしその中に、自爆する相手を止めるなどということは含まれていない。

 強さにこそ存在意義を見出している魔族には、自己犠牲を払ってまで勝利することに意味はなかったからだ。

 そんな中で生き抜いてきたシンにとってマリアンの攻撃は、この二度目の人生において初の体験であり、完全な思考の盲点でもあった。


「発動させた瞬間にヤバいとは思ったけど、本当に最後までやり切るとはねえ……」


 シンは自分の肩に顔を埋めるように意識を失っているマリアンを見て呆れたようにそう言った。


 《魔力喰いソウルイーター》の特性は放出された魔力の吸収と放出。そしてその吸収した魔力を纏うことによって威力を増す切れ味。

 そしてこの剣も《大和やまと》や《武蔵むさし》と同様に、シンの意思無くしては何も斬ることは出来ない。


 シンがやったことは、暴走して爆発する寸前にマリアンの生命エネルギーを変換していた魔力の吸収。

 他の二つの魔力による融合爆発でもそれなりの威力にはなるだろうけれど、これは爆発した直後にしか吸収できない。おそらく回復した兵士たちの命を奪うまでには至らないと判断したシンは、マリアンが最も致命傷になりかねないだろう生命エネルギーからなる魔力を発動の直前に《魔剣喰いソウルイーター》に吸収させ、それをポンプの様に使って、シンが制御する魔力としてマリアンの体内に戻したのだ。

 これによって爆発、放出されたのは純粋にマリアンのもつ魔力のみとなり、現在のマリアンは魔力を使い果たして気を失っていた。


 本当ならば、最初の時点から距離をとっておけば良かった話であるし、発動した時に《魔力喰いソウルイーター》を使っておけば、マリアンも諦めていたかもしれない。


 しかし、味方であるはずのマリアンからの攻撃を受けたシンは、その誤解を解こうと話し合いを選択してしまった。

 その上――どんどんとはだけていくマリアンの姿に……。


「女性ものの服はさすがに持ってないんだよなあ……」


 シンはマリアンから《魔力喰いソウルイーター》を引き抜くと空間収納へと戻し、代わりに自分の着ているものと同じローブを取り出してマリアンへと被せた。



 決して見ないように――そして、間違っても触ってしまわないように細心の注意を払いながら。



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