第16話 意思を持つ凶刃

 それは世界の終わりを告げるかのような、はたまた新たなる創造の始まりを告げるような神秘的な光景だった。

 強い地震のような大地の振動が治まって、少しの間も置かずに出現した光の柱。広い街道を埋め尽くすように広がる光の帯。

 遠く離れたテュネスの位置からも目を開けていられないほどの強い光を放つそれは、遥か天空を突き抜けるかのようにそびえ立ち、神が降臨したかとも思える荘厳なその姿は、同時に全身に激しい震えが起こるほどの恐怖をテュネスに与えていた。


「うぅ…ああ……」


 テュネスの背後から堪えきれなくなったのだろう兵士の嗚咽のような声が聞こえてきた。

 何が起こったのか理解できるものは誰もいない。

 ただただ目を閉じ、その光の柱に対して無心で祈ることしか出来なかった。


 そして光は、すうっと何事も無かったかのように消えていった。




 約3500度の高温を発した百八の炎は、亀裂から後方にいたゴブリンたちを全て焼き尽くした。

 その数六十万。

 それらはただの一匹も漏らすことなく、一瞬にして魔素の塵へと還っていった。


 全てのゴブリンが消滅したことを確認したシンはゆっくりとエトスタ軍が交戦しているゴブリンたちの方へと降りていく。

 その手に持つは二振りの刀。

 どちらも刀身の長さは四尺(120センチ)。日本刀のような見た目の刀だったが、その長さは明らかに異常なまでに長い。

 シンが自らの為に打った刀剣――《大和やまと》と《武蔵むさし》。かつての日本の戦艦から名を受けた二振りの神話ゴッド級の逸品。

 それを手に立ち尽くすゴブリンたちの背後に降り立った。


 右手の《大和》を一振り。

 不可視の百の真空の刃がゴブリンたちを微塵に切り裂きながら貫通していく。

 左手の《武蔵》を一振り。

 不可視の百の真空の弾丸が散弾銃のように拡散しながらゴブリンを爆散させていく。


 シンは大和と武蔵を連続で振りながらエトスタ軍本陣方向へと進んで行く。

 その剣速はどんどんと速くなり、常人の肉眼ではその刀身が認識できない程の速度となる。

 そしてその後には、一匹のゴブリンの姿も残っていなかった。



 ターフは全身に鳥肌が立つのを感じた。

 全身の筋肉が硬直したかのように動かなくなり、背中には気持ちの悪い冷たい汗が流れた。

 自分は今何を見ているのだろう?

 この戦場で何が起こっているのだろう?

 絶体絶命の危機にあって、突然の地割れによる事態の好転。

 喜んでいたところへ、今度は巨大な黄色の火柱が上がった。光の帯の様にも見えるそれは、近距離で見たターフにははっきりと炎の塊だと認識出来た。

 見たことも無い黄色の炎。天をも焼き焦がさんばかりの破壊的な炎。しかし、あれだけの規模にも関わらず、自分のところへその熱が届くことは無かった。

 呆然と立ち尽くしていたターフ。しかしそれはゴブリンたちも同様であった。

 それまで何が起ころうとひたすらに前進を続けていたゴブリンの群は、その炎に怯えるかのように動きを止めていた。

 槍を落としそうになりながら立ち尽くしているターフ。同じように震えながら立ち止まっているゴブリン。

 そのゴブリンが次の瞬間――身体を無数に分断されて消えていった。

 それはターフの周囲にいた全てのゴブリン――彼の後方にいたものも含めて全て。

 ターフの頬を僅かな風が吹き抜け、開けた視界の先に居たのは一人の男。

 薄緑のコートを羽織ったその男は、両手に見たことの無い形状の長剣を持ち、辛うじて残像が見えるほどの驚異的な速さでその剣を振りながら近づいてきていた。



 自らの斬りたいものだけを斬る。

 それがシンの持つ武器に共通する付与効果。

 その強すぎる攻撃力ゆえに無関係のものを巻き込まないようにと配慮したシンのオリジナル魔法。

 真空の刃は、真空の弾丸は、ゴブリンのみを対象にし、エトスタ軍の兵士の身体を素通りしていく。

 そうして消滅したゴブリンたちの後には、交戦中だったエトスタ軍の兵士と――平和の為に命を賭した兵士たちの亡骸が残った。



 戦場に兵士たちのときの声が上がる。

 それは本陣前で防衛戦を行っていたエトスタ軍の兵士たちの声。

 群れの中の混戦で戦っていた兵士たちの声。

 エトスタ軍は突如として動きを止めたゴブリン軍に対して一気呵成に出たのだ。

 残ったゴブリンの数はすでに十万を切っている。本陣からもその事は見て取れた。ここまで多くの犠牲を出し、体力も魔力も疲弊しきっていたエトスタ軍であったが、ここで勝負を決めるべく全軍での攻撃に打って出た。


「ここが勝機ぞ!!全員我に続け―!!」


 騎馬を駆って猛然とゴブリンの群へと走り出すテュネス。テュネスを止める者はもう誰もいない。

 王の言う通り、今こそ全軍をもって戦う時なのだと皆が理解していた。

 護衛として残っていた百の兵士たちも各々が武器を持って駆け出していく。それが例え王の身を護ることを放棄することになるのだとしても、それが先頭に立って戦う王の意思ならばそれに従おう。

 詳しい状況の把握できていない今、自分たちに出来ることは目の前の敵を殲滅されることだけなのだと。

 恐れと驚きで先ほどまで震えていた身体は、突如として湧いて出た勝利への希望によってかき消され、未だ動きを止めたままのゴブリンたちを蹂躙ともいえる勢いで駆逐していった。


 エトスタ軍にとっては予期していなかったシンの登場によって、戦いは一気に最終局面を迎えていた。



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