第15話 天変地異

 更に一時間が過ぎた。

 放たれた魔法弩弓はすでに四回。その中心を担っていたランドの魔力は限界を迎えていた。

 連弩隊の矢はすでに尽き、中央には再び魔法の土壁による防御壁が張られていたが、それを支えている魔導士たちの魔力もあと僅かというところになっている。

 両翼で攻撃を繰り返す魔導騎兵隊、時間を空けながら突撃を繰り返すマリアンとターフの部隊共に体力も魔力もギリギリの状態になっており、今の均衡が崩れるのは時間の問題のように思われた。


 地平より押し寄せるゴブリンの群には未だ終わりが見えない。

 どれだけの被害を出しても退くことのないゴブリンたちにテュネスは違和感と共に恐怖を感じていた。

 おそらく奴らは全滅するまでその進軍を止めることはないだろうという確信にも似た恐怖。

 それはエトスタ軍の作戦における根底を覆すほどの恐怖。


 退くことの許されない彼らに残された手段は玉砕覚悟の突撃しか残されていなかった。




「くそがあぁぁぁ!!」


 マリアンが叫びながら両手斧を振り回す。

 その正面から向かってきていたゴブリンたちが両断されて消滅する。

 しかし、その攻撃に当初の勢いは見ることが出来なかった。


「はあ、はあ、はあ……。オラアァァァ!!」


 肩で息をしながらもゴブリンの群の中で戦い続けるマリアン。

 すでに彼女の隊は完全にゴブリンの波に分断されてしまっていて、他の者の安否すら定かではない。

 遠くではターフの隊の者と思われる騎士の姿が先ほどまで見えていたが、彼もいつの間にかその波の中に飲み込まれるように消えてしまっていた。


 しかし彼女はその斧を振ることを止めることも、その場から退却することもしなかった。

 まるでそこが己が死地と最初から決めていたかのように、ただひたすらに斧を振り続けた。



 テュネスは本陣にいた。

 最後の作戦を実行する際に、自らが先陣を切ろうとしたのだが、周囲の者の必死の説得により、それが叶う事がなかったからだ。

 彼の周りに残った護衛の兵は百人ほど。

 温存していた残りの兵士たちはゴブリンの群に正面から戦いを挑むべく出撃していた。

 ランドを含む魔力の尽きた魔導士たちは退却するように命じた。最後まで戦う事を訴えてきた彼らだったが、かえって足手まといになるからと冷たく言い放った。

 国を護る為に懸命に戦った彼らを無駄死にさせるわけにはいかなかった。


 連弩隊や弓矢隊などの矢の尽きた兵士たちは、弓を剣に持ち替えて他の隊に加わって戦っている。

 テュネスは本来なら彼らも退却させたかったのだが、体力的に問題無いと強く直訴されてしまっては、この状況で彼らの意思を断ることが出来なかった。

 そうして王の守護とはとても思えない数の兵を残して、全ての兵がゴブリンを殲滅すべく戦っていた。


 乱戦が続いていた。

 伝令がテュネスの下へ来なくなってしばらく経つ。おそらくこの後も来ることはないだろう。こんな酷い状態で誰が状況を把握できるというのか。

 兵たちの猛る叫びとゴブリンの耳障りな鳴き声。時たま起こる爆発音と途切れることのない「死の行軍の地響きデスマーチ」。

 

 次々と兵たちが斃れていく中、テュネスは国と自らの命が尽きる時が刻一刻と近づいてきていることを感じていた。


『大地よ』


 不意にそんな声が聞こえた気がした。

 直接頭の中に響いてきたような不思議な声。


 ゴオオオォォォ!!


 そんなことを考えていた時、ゴブリンたちの起こす地鳴りどころではない強い揺れを感じた。

 地震か?エトスタ軍の誰もがそう感じた。

 その揺れは少しして治まり、テュネスは再び目の前の戦いへと視線を戻したのだった。



 その異変に最初に気付いたのは、誰よりも前線で戦っていったターフ。

 味方とは完全に分断されてしまった彼だったが、マリアンと同じようにその場で戦い続けることを選択していた。


「あれは……何だ?」


 呆然と眺めるその先には――大きく地面に亀裂が入り、ゴブリンたちが押されるように次々とその溝の中へと落ちていく姿があった。

 その物量によってエトスタ軍を分断していったゴブリンたちだったが、今度はその巨大な亀裂によって完全に後続が分断されていた。


「奇蹟が起きたのか?それにさっき聞こえた声は……」


 そう呟くターフだったが、その間も無意識ともいえる動きで槍を振り、近づいてくるゴブリンたちを正確な槍裁きで貫いていた。


 これでこれ以上の進軍を許すことは無くなった。

 大きく迂回されれば分からないが、これまでの戦い方を見ていても、ただがむしゃらに向かってきていたゴブリンたちがそんな行動をとれるとは思えない。

 もしそうしたとしても、それまでにかなりの数があの亀裂へと落ちていくだろう。


 絶望的と思われた状況が一変したのだとターフは確信した。

 こちら側に残っているゴブリンを殲滅することが出来れば、一先ずこの脅威を回避することが出来るのだと。

 王と国を護れるのだと。

 疲れ切っていたターフの身体に力が戻ってきたような気がした。




「うわっ!凄い数で気持ち悪っ!」


 上空から見たゴブリンの群は蠢く虫の集まりの様に見えた。

 街道を埋め尽くして進むゴブリンたちは、遥かかなたまでその列を続かせている。

 その先頭から三分どころまでのところで戦いが行われていることが見える。

 一見して多勢に無勢。押し切られるのは時間の問題のように思えた。


「ギリギリセーフっていうか、それでも急がないとマズいな」


『大地よ』


 その声は戦っていたエトスタ軍の兵士たちにも届いた。

 ゴブリンたちも聞こえたかもしれないが、特に何の反応も示すことはなかった。


 激しい地鳴りを伴いながら裂けていく地面。

 大きく口を開いた地割れは幅数十メートルに及び、押し寄せてくるゴブリンたちがどんどんとその中へと落下していく。


――これで一先ずは安心と。


 ゴブリン軍の進行を止めたことを確認すると――


『星よ燃えろ』


 空中に浮かび上がる黄色の炎。数は百八。

 その姿を徐々に球体に変え、術者の周辺に漂う。


「こんな時、汚物は消毒だーとか言えばいいのか?」


 そんな事を呟くと、黄色の球体はゴブリンの群へと落下していった。

 


……………………………………………………

出番の少ない主人公(謎)シンがどうやって生まれたのかを書いたエッセイ、「魔王シンという男」を書きましたので、興味のある方は読んでやってくださいませ。

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330665415449105

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