第14話 咲き誇る死の大輪

「マリアン様!そろそろ制限時間です!!」


 突撃してから五分ほどが過ぎていた。

 狂気に駆られたように両手斧を振り回してゴブリンを駆逐していたマリアン。その背後から配下の者がそう叫んだ。


「チッ!もう時間かよ!お前らは先に戻れ!!私は土産を置いていくからよ!!」


 そう言うとマリアンは自らの騎馬の鞍の上に立った。

 指示通りに退却していく兵たちを確認すると、鞍を蹴り上げて上空へと跳び上がる。

 通常の騎士からすれば常軌を逸しているといえるレベルの身体強化の施されたマリアンの身体は十メートル近く舞い上がり、狙いを定めるように後続のゴブリンの群の中へと落下していった。


De grandes fleurs大輪よ――』


 マリアンの身体が練られた魔力で紅く発色していく。明るい日中であるにも関わらず、その姿は宇宙から真っ赤に焼けた隕石が落ちてきたかのように、エトスタ軍全体から確認出来る程の輝きを放っていた。

 そして全身の魔力を両手で掴む両手斧へと込め、落下する勢いそのままに振り上げた斧を地面へと叩きつけた。


 巨大なエネルギーの塊となったマリアンの身体が着地した衝撃波凄まじく、その落下の巻き添えを喰らった多くのゴブリンたちが弾け飛ぶ。

 しかし後続のゴブリンたちはそんなことに構うことなくマリアンへと押し寄せてくる。


『――fleurissent dan咲きs toute sa splendeur誇れ!!』


 次の瞬間――マリアンを中心とした半径百メートルに及ぶ広範囲の地面から炎のような真紅の光が吹き上がった。

 十二枚の花弁はなびらのように広がったそれは炎ではなく、純粋なマリアンの持つ魔力のほとばしり。

 高密度の魔力を直接放出させることによる広範囲攻撃。

 戦場に真っ赤に咲き誇る大輪の華。

 美しいその見た目とは反して、近づく者の命を瞬時に刈り取る残酷な毒花。


 エトスタ王国に咲く一凛の華。アキャール・マリアン。

 凛とせず豪快。静とせず豪胆。

 時に仇花あだばなとさえ例えられる彼女の内には、誰にも知られることのない一輪の華が咲いていた。



 マリアンの一撃は後方で指揮を執るテュネスからも確認出来た。

 そしてそれは次の作戦の合図でもあった。


「連弩隊は中央へ!魔導騎兵隊は交代で攻撃に移れ!!」


 テュネスは次の作戦を各隊に指示する。

 両翼で攻撃を続けていた連弩隊は攻撃を止めて本陣正面へ移動。

 代わって魔導騎兵隊とよばれる騎馬隊がゴブリンへと突撃を開始した。


 七騎一隊のその部隊は雁行に隊列を組んで駆けていく。

 全身を鎧で覆われた騎馬を駆る騎士たちの手にあるのは剣でも槍でもなく杖。その先端に魔石の施されたものだった。

 騎士の頭身よりも長い鋼鉄製の杖を構えてゴブリンたちへと迫る。

 その距離はあっという間に縮まり、百メートルを切ったかという辺りで――


『フラムボール!!』


 杖から高速で射出されて行く魔法の火球。

 七人の騎士たちは自分の正面を狙って次々と魔法を放っていく。


 炎はゴブリンを焼くに止まらず、蒸発させたかのように貫通していき――そして爆発した。

 数十の火球が両翼から襲ってきていたゴブリンたちを燃やしていく。

 次々と巻き起こる爆音は迫りくるゴブリンたちの足音を凌駕するほどの爆音となって戦場に鳴り響く。


 七騎の魔導騎兵の攻撃は、それぞれが十の魔法を放った時点で終了した。

 右翼を攻めていた者は右側へ、左翼を攻めていた者は左側へと旋回していった。


 爆煙の中から姿を現す後続のゴブリンたち。

 そこへ再び魔導騎兵隊の魔法が襲い掛かる。


 七騎一隊の魔導騎兵隊。それが十重二十重とえはたえとなって波の様に押し寄せてくる。

 攻撃の終わった隊は後方へ、そして新たな部隊が前方で攻撃を開始する。

 この波状攻撃こそが魔導騎兵隊独自戦い方。


 その途切れることのない圧倒的な火力によって、両翼の戦線が崩れることはなかった。



「壁を解除せよ!!」


 崩されては何度も作り直していた正面にピラミッド状に展開された土壁の解除を命じるテュネス。

 そして一斉に消える魔法の壁。

 その瞬間、約一キロ前方に出現するゴブリンたち。しかし、その数は開戦当時に見た軍影に比べれば明らかに少ないものだった。

 中央に作られた壁に押されるように左右に殺到したゴブリンたちは連弩のしつような攻撃によってまとめて数を減らし、その後続は更に降り注ぐ氷塊によって中央から引き離されて行った。

 更にその後方への魔法弩弓での攻撃。そして両サイドからのマリアンとターフの突撃。

 このことでゴブリン軍の中央に大きな隙間が生まれることとなっていた。


 テュネスの狙いは部隊の分断。

 物量で押し寄せてくる敵を正面から受け止めるには数が違い過ぎた。それならば、敵の間に楔を打ち込んで分断させればいい。


「撃てえぇぇ!!」


 その合図で正面のゴブリンたちへ連弩の矢が、控えていた魔導士たちの魔法が、全てを殲滅せんと激しい雨の様に降り注いだ。


 近づくことも出来ずに消えていくゴブリンたち。エトスタ軍の被害は未だゼロ。

 だが、テュネスの表情には焦りの色が見て取れた。


 戦闘開始から約一時間。

 残るゴブリンの数は約七十万。


 そして、最終防衛線として引いている本陣までの距離は僅か一キロ。


 優勢に戦っているエトスタ軍ではあったが、戦いの天秤はまだどちらへも傾くことなく、ゆらゆらと揺れていた。



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