第13話 開戦を告げる号砲
地平より津波のように押し寄せてくるゴブリンの群。鳴り響く地響きは徐々にその大きさを増してくる。
エトスタ軍はそれに対して事前に決めておいた作戦通りに隊を展開していく。
自分たちの敗北は国の滅亡を意味する戦い。退くことすら出来ない、不退転の決意を持って挑む戦い。
相手は下級の魔物であるゴブリン。しかし、如何な歴戦の将兵であっても、あの数を相手に全員が無事に戦いを終えるとは思っていなかった。
それでもこの場に踏みとどまって戦おうという勇気をもてるのは、王自らがこの戦の先頭に立っているからに他ならない。
王を護る。国を護る。家族を、友人を。
各々が想いをもって――エトスタ国史上最悪の戦いに挑むのだった。
先頭のゴブリンまで約一キロほどとなった時、二百名ほどから成る魔法師隊の指揮官から声が上がった。
群れの進路に次々と魔法で作られた土の壁がせり上がってくる。
止まることなく壁へと激突し、後続に押しつぶされていくゴブリンたや、足元から突然せり上がって来た壁に弾き飛ばされ、そのまま群れの中へと消えていくゴブリンたち。
押し寄せてくる圧ですぐに破壊されていったが、それを上回るほどの速さで土壁は次々と作り出されて行った。そしてそれは、徐々に群れの奥へと進んでいく。
壁に阻まれた事で長さ数キロに及ぶ群れの隊列に大きな歪みが発生した。
作られていた土壁を上空から見たとすれば、尖端を向けた巨大な三角形のような形でゴブリンの群を分断するように構成されていた。
手前の壁の両脇から溢れ出てくるゴブリンたちは、巨大な連弩から放たれた矢に貫かれ、そうして倒れたゴブリンに躓いた者は後続のゴブリンを巻き込み自滅していく。
エトスタ軍がこの戦いに挑むにあたって考えた作戦は、敵の自滅を誘う事を第一としたものだった。
指揮官のいないゴブリンの大群。
そんな烏合の衆ならば、前方で何が起ころうとも止まることはないだろう。群れの先頭や中段にトラブルを起こせば、相手の行軍は乱れ、勝手に数を減らしていくだろうと。
巨大な氷の塊が群れの中腹辺りへと空から降り注ぐ。
先に左右に展開させておいた別の魔法師隊からの攻撃。
ゴブリンを押しつぶすように落ちてきた氷はそのまま地面に突き刺さり、これもまた進軍を妨げる障害となっていく。
「陛下!
テュネスの下へ伝令が駆け寄ってきて、大声でそう告げた。
「よし!ランドに伝えよ!狙いは敵中央!!発射後は第二射に備えよ!」
その命を受けたのは魔法師団長のランド。
黒塗りの全身鎧に身を包んだ一見すると騎士に見えるこの男だが、その本業は魔法士である。
大陸随一といえるほどの魔法の研究の進んだエトスタ王国にあって、齢二十歳にして魔法師団副団長に任命された稀代の麒麟児である。
そして三年後、今の師団長の地位に就いていた。
そんな彼が研究し、作り上げた兵器こそが「魔法弩級」と呼ばれるものである。これこそが彼を師団長へと任命せしめた成果でもあった。
城門すら破壊する「
しかし、弓のような弦の部分は無く、そこに構えて立っているのはランド一人。
伝令からの報告を受けたランドは、遥か前方を見つめながら詠唱を唱え始める。
詠唱が進むにつれてランドの周囲に風が起こり始め、それは徐々に無数の小さな竜巻のようなものを作り出していった。
ランドの額から汗が流れて首筋へと流れていく。
周りの者も息をするのさえ躊躇われるようなランドの集中力。ほんの僅かなミスも許されないことは、製作者のランド自身が一番分かっていることだった。
やがて小さな竜巻は、それぞれが設置されていた矢を覆うように渦巻きはじめ――
『Envol
その言葉と同時に、風を纏った矢が高速で空へと放たれていった。
狙いは群れの中央。
氷の壁による障害物の更に後方。
遥か天空まで舞い上がった矢は目標を定めたようにそこへ向かって降り注ぐ。
やがてその先端の魔石が眩しい光と共に炸裂し、巨大な炎の
百を超える炎の流星。
落下と共巨大な火柱を上げてゴブリンたちを焼き尽くしていく。
戦場に出現したオブジェのような魔法の火柱は消えることなく、そこへ押し寄せてくるゴブリンさえもその犠牲となっていった。
ガシャンという金属音と共に膝をつくランド。
先ほどまでは比較にならない程の汗をかき、その口から洩れる呼吸も荒い。
「はあ、はあ…。次の、第二射の準備をお願いします……」
誰の目にも疲労困憊に見えるランドだったが、何とか立ち上がると、そう次の指示を出した。
ゴブリン一体一体の戦闘力は弱い。
壁一枚を破壊する為に数百のゴブリンが倒れ、連弩の矢は一射で百を超えるゴブリンを倒していき、圧死などで自滅していく数はその数倍に上っていた。
そして「魔法弩弓」の攻撃とその永続効果で万を超えるゴブリンを減らすことに成功している。
ここまではエトスタ軍の戦略は大成功を収めているといって良いだろう。
最終防衛ラインと踏んでいた自軍まで辿り着いたゴブリンは一匹もいないのだから。
彼らは騎馬隊も歩兵隊も温存したままでどこまで減らせるかが、この戦いのカギになると考えていたのだ。
「魔法弩弓」の第二射が放たれた。
最初の火柱が消えかかっていたところに再び立ち昇る炎の柱。
「今だ!!マリアン隊、ターフ隊突撃せよ!!」
テュネスが左右に展開していた両軍に指示を出す。
騎馬に乗った両名は、それぞれが五千の歩兵をつれて分断されたゴブリンの群へと突撃していく。
「クソゴブリンどもがぁぁ!!逝きやがれえぇぇぇ!!」
その隊全員に行き届くような叫び声と共に、巨大な
そのマリアンが群れに突撃した瞬間に周囲のゴブリンたちは弾け飛び――その斧を振り回せば衝撃波で爆散した群れに風穴が空いていく。
「オラ!オラ!――オラオラオラァァァ!!」
粗暴な性格が仇となり将軍の地位に就けない彼女だったが、その戦闘力は魔法の重視されるエトスタにおいても誰しもが認めるところであった。
マリアンが率いている兵たちも、その勢いに導かれるような激しい気勢をもってゴブリンたちを打倒していき、同時に突撃したターフ隊も同様に戦果を上げていく。
それでも――戦いの終わりは、まだまだ何も見えない深く混沌とした暗闇の中にあった。
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