第12話 エトスタ王国に迫る危機

 ホワイトとその親衛隊の駆る騎馬は、城壁へと殺到するゴブリンの群を、まるで紙を引き裂くように分断していった。

 背後から切り裂かれ、細切れにされたゴブリンの身体はすぐに魔素の黒い霧へと変わっていく。

 悲鳴をあげる間もなく絶命していくゴブリンたち。

 魔法師団の攻撃とホワイトたちの突撃で、その数を僅かながらも減らしていった。


 そして時を置かずして両翼に展開していた隊の攻撃が始まる。

 後方に残されていた魔法師団も、ホワイトの副官であるラーフの指示で追撃の魔法を放つ。

 ホワイトの援軍に気付いたビスタの兵たちも一気に攻勢に出始め、それまでの戦況が一変していった。


 半時ほどの時間が流れた頃。

 ホワイトたちの攻撃を無防備に受け続けていたゴブリンたちの動きに変化が起こった。

 突然――群れ全体が向きを変え、それまで攻め続けていたホワイトたちの方へと向かってきだしたのだ。


 ホワイトはまったく反撃してこないゴブリンたちを不審に思っていたが、とうとうその時が来たのだと思った。

 しかし、ゴブリンたちはマズル軍の横をすり抜けるように走り出し、そのまま北へと大移動を開始した。


 数を減らしたとはいえ、まだ数十万のゴブリンの群を押さえきることは不可能と感じたホワイトは、全軍に追撃することを禁じ、一旦はビスタの街の状況を確認することにした。

 もし戻ってきたとしても、自分たちが到着した今なら返り討ちにすることが出来ると考えたからだ。


 しかしこの判断が、マズル共和国の北部に位置する小国、エトスタ王国に悲劇を生むことになる。




 マズル共和国の北部に位置するエトスタ王国。

 小国ながらもマズルとの共和制を断固として断り、どこの属国にもならずに独立国家として成立している国である。

 かといってマズルとの関係が悪いわけではなく、マズル共和国成立前にあった、今は共和国の一都市としてあるいくつかの国とは、古い時代からの共存関係が今なお成立している国でもあった。


 当然のことながら、パルブライト帝国からの伝達はエトスタにも届いていた。

 しかし、エトスタの王であるテュネス三世は、マズルのように軍備を整えることが出来ずにいた。

 ユリウスの話を信用しなかったわけではない。

 国内にあるレギュラリティ教会の司教が、まったく同じ内容のことが書かれた聖女のサイン入りの書簡を届けてきていたのだ。

 それでも――いつ来るか来ないか分からない事に対して回せる兵の余裕は、今のエトスタには無かった。


 戦争――そういう規模までは発展していないが、エトスタの北部にあるバイラミー王国との小競り合いが国境付近で続いており、いつ大規模な戦闘が始まるか予断を許さない状況が続いていた。

 バイラミー王国にもパルブライト帝国とレギュラリティ教団から同様の伝達が届いていたのだが、このバイアル大陸西部において唯一、パルブライト帝国の威光が届かない国がバイラミー王国であり、主教とする教えも違うこの国では、彼らの忠言に他国程の信用を置かなかった。

 そのため、エトスタとの紛争に近い状況があっても、出した矛を収めるようなことはなく、それに付き合わされているエトスタも、ゴブリン対策に回す兵と確保することが出来ずにいた。


 ゆえに、悲劇は起こるべくして起こったのかもしれない。



 テュネス三世の下に第一報が届いたのは、その日の夕刻であった。


 南方より数十万を超える群れが向かってきていると。


  本当に現れたのかというのがテュネス三世を含む閣僚の反応ではあったが、だからといって北方の兵を戻す時間は無い。しかし放っておけば先に国が亡ぶほどの大群。

 王都を護る兵を総動員してでも迎え撃たなければならないと判断したところに第二報が入って来た。


 ゴブリンたちにより、南部マンデュロの街が壊滅。


 一気に押し寄せてきたゴブリンの群によって、守備についていた兵たちは全滅。

 街はあっという間に壊滅状態となったということだ。


 これにはテュネス三世の表情も青ざめた。

 第一報が入って来て一時間も経っていないのだ。

 その進行速度はゴブリンとは思えない程に速いものだった。


 とにかく大急ぎで兵を整えて、討伐へと向かわなければならない。

 浮足立つ閣僚に大声で檄を飛ばし、国家存亡の危機を回避すべく自らが討伐軍の先頭に立つことを宣言したのだった。



 王都を出た国王自ら率いる討伐軍の総数は約二万。

 これが現在出すことの出来る最大数の兵力。

 それでも王都を、王を護るべく編成された新鋭で構成された二万。通常ならば、彼らがゴブリン程度に後れをとるようなことはないだろう。

 そんな彼らがゴブリンの群と対峙することになったのは、王都を出て一日ほど経った頃。

 兵士たちは感じていた。

 敵の姿はまだ見えなくとも、空気の――地面の振動が伝わってくる。

 誰もが経験したこともないような巨大な悪意の塊が自分たちへ向かってきているのだと。


 そしてそれは徐々に近づいてきている。

 各隊にそれぞれ支持が飛ぶ。

 隊列を整えて迎撃の準備をする。

 大地を揺るがし、大気を振動させて向かってくる未曽有の厄災。

 構える兵士たちに――指揮する王に緊張が走る。


 この一日で滅ぼされた街はすでに三つ。

 生存者などの安否を調べる余裕もない。

 そう、そんな心配をする余裕は彼らには無かった。


 ゴブリン軍vsエトスタ王国軍。

 八十万の大軍を正面から迎え撃つ二万の兵。


 ここに、エトスタ王国の命運を賭けた防衛戦が始まる。




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