第9話 開戦
「皆、急な招集ですまない」
ユリウスは部屋に入ってくると、その場に集まっていた者たちへと声をかけた。
そしてやや速足で長テーブルの上座の席に着いた。
その場に集まっているのはユリウスを含めて13名。
全てが各部署の責任者および、それを統括する立場の者たち。
その中には騎士団をまとめているシルヴァノ、総務大臣のイキートスの顔もあった。
「では皆さんお集りの様ですので、これより緊急会議を始めさせていただきます」
会議の始まりを告げたのは、ユリウスのすぐ下座に座っていた若い男。
前にシンに屋敷の契約書を渡したキジャーノだった。
「まず、今回お集まりいただいた内容について、簡単に私キジャーノが説明させていただきます」
キジャーノは目の前に置いていた書類を開く。
そしてそれに軽く目を通しながら話し出した。
「これは――先程我が国の影よりもたらされた情報です」
その言葉に、一同の間に緊張が走った。
パルブライト帝国の影というのは、皇帝直属の諜報部隊の名称。
代々、この国の皇帝に仕えている闇の一族の事であった。
その存在があることは、この場に集まっている者は知ってはいたのだが、誰の口からもその話を聞くことはなく、当然その者たちのもたらした情報が開示されることもなかった。
そして、それ以外にも各地には諜報を目的とした者たちが派遣されている為、皇帝の口から影の存在が公にされること自体が異例の事だと言える。
「今日を遡ること三日前、マズル共和国東部にてゴブリンの大規模集団が現れたとの報告を受けました。その数約100万」
「100万のゴブリンだと!?何かの間違いではないのか!?」
「アドラー殿、最後までお話を聞いていただけますか?ご意見はその後に承りますので」
「あ、ああ。すまない宰相殿。続けてくれ……」
キジャーノに睨まれると、財務大臣を務めているアドラーは委縮したように大人しくなった。
「その後の続報をまとめてお伝えいたします。最初ゴブリンの大群はランディアス山脈方面より出現。マズル共和国の北東部の都市であるビスタへと進軍。半日ももたずに陥落するところを共和国軍の援軍が間に合い、その二割ほどを討ったところでゴブリン軍は北のエトスタ王国方面へと撤退。その後エトスタ王国の地方都市を壊滅させながら王都へと向かっているとのことです」
そこまで一気に話した後、誰かが息をのむ音が聞こえた。
「皆にはすでに伝えていた事ではあるが、ギャバンからの報告を受けて二か月。ついに息を潜めていたゴブリンキングが動き出したと考えていいと思う」
「陛下よろしいでしょうか?」
シルヴァノの隣に座っていた男がそう言いながら立ち上がった。
「タッソ軍務卿。発言を許す」
「宰相殿は100万のゴブリンとおっしゃいましたが、陛下はそれが全勢力では無いとお考えでしょうか?」
「そうだ」
ユリウスは少しの間を置くことも無くそう言い切った。
「報告ではゴブリンキングどころか、ギャバンにて討伐されたとされる上位種ゴブリンの存在すら確認されていない。おそらくは小手調べのつもりなのだろう。――小賢しいことにな」
「自分たちの力がどれくらい通用するか試していると?」
「ああ、それ以外考えられない。奴らは好きなところに出現することが出来るらしいからな。ギャバンで下手を打ったことを踏まえて、極力ギャバンより離れたところで国崩しの練習でもしているのだろうよ」
そんな事に付き合わされたマズルもエトスタもたまったものではないだろうとユリウスは思う。
「ゴブリンにそんな知能が……」
「ある!相手をたかがゴブリンと侮るな!後手後手に回れば、次に滅びの危機を迎えるのは我らぞ!!」
急に語気を強めたユリウスに、タッソは僅かに怯んだ。
「皆に命ずる!すでに各地にて軍事演習という口実で警戒態勢は敷いてはいるが、本日同刻を持ってゴブリンキングの情報を解禁し、各軍の警戒レベルを最大とせよ!!敵はどこから現れるか分からぬ。各都市、各部隊の連携、連絡を怠ることなく事に当たれ!!」
「「ハハッ!!」」
全員が一斉に立ち上がり、ユリウスへ向けて敬礼をとった。
「――皆、頼むぞ。今回の件を上手く乗り越えることが出来たとしても、おそらくは多くの犠牲が出るだろう。隣国の救援に向かう事も発生するやもしれん。皆や兵には命を賭けてもらうことになる。それでも我らは民を護る使命があるのだ」
「心得ております。その為に我らはここにいるのですから」
イキートスがユリウスに真っすぐに向かってそう言った。
「我らが命は元より陛下の下にございますゆえ、どう扱うかも陛下の御心のままに」
「「御心のままに!!」」
「皆――すまぬ」
ユリウスは誰に悟られることなく、そっと目を伏せた。
「伝えることはこれで全てだ。他に意見のあるものがいないのであれば、会議はこれにて解散とする。今後は有事に備え、各自その役目を果たしてくれ」
「陛下、エトスタ王国の事は捨て置かれますか?」
そう声を上げたのはシルヴァノ。
「二割削ったとはいえ、残りはまだ80万の大群。いかにゴブリンといえどもエトスタの被害は大きくなると存じますが」
パルブライト帝国は自ら名乗ったではなくとも、このバイアル西部においての盟主たる地位にあることは認めざるを得ない事実である。
南方にあるエトスタ王国とも国交のある間柄である以上は、何らかの援軍を送る必要があるのではないかとシルヴァノは暗に聞いていたのだ。
「心配するな。すでに手は打ってある」
ユリウスは微かに笑みを浮かべながらそう言った。
「……まさか」
シルヴァノはその表情からあることに思い至る。
「エトスタの方はそろそろ片付いた頃であろうよ。まぁ、ゴブリンキングが出てきていないので、いきなり最終決戦といかなかったのは残念だが」
「そう……ですね」
シルヴァノはシンの顔を思い浮かべながら苦笑したのだった。
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