第10話 元魔王様動く

「旦那様。おはようございます」


 シンが着替えを済ませて部屋を出ると、廊下には待っていたかのようにフルークが立っていた。

 

「おはようフルークさん。用があるなら声をかけてくれて構わないのに」


「いえ、朝から旦那様を急かさせるような真似はいたしませんよ」


 その落ち着いた雰囲気から、朝っぱらから来ている来客は大した要件ではないのだとシンは思った。


「別に気にしなくていいのに。で、誰が来てるの?」


 この屋敷にシンが張ってある結界は、シンの設定してある人物――フェルトやライアス、それに子供たちと使用人。それらに対して悪意を持つ者は侵入できないようになっている。

 そして、それ以外の者が敷地内に入って来たとしても、結界の発動者であるシンには全て伝わる。

 なので――


 その来客が屋敷に入ってからすでにことも分かっていた。

 普段から出入りの業者もいるし、最近では皇帝から直接屋敷を譲り受けた平民のシンと面識を持ちたいという貴族の来客も多い。しかも、シンが貴族で無いことから先ぶれもなく突然訪れるのだ。シンは冒険者という肩書を登録以来最大限に発揮することで居留守をしてやり過ごしていた。なので、屋敷に来客があったとしても、フルークが直接呼びに来ない限りは誰にも会わないことにしている。


 しかしこれは自分への客だという。だがフルークはシンが自ら起きてくるのまで待たせているのだから、特段大した用件では無いだろうと考えた。


 ――朝っぱらからどこかのくだらない貴族が挨拶にでも来たとかか?


「ユリウス陛下よりの使者が、旦那様にがあるとのことでございます」


 結構大した用件だった。


「……フルークさん?」


「何でございましょうか」


「皇帝からの使者?」


「左様でございます」


「火急の用件で来てるの?」


「そのようでございます」


「待たせちゃってるけど……大丈夫なの?」


 普通は大丈夫ではない。

 結構な大ごとである。


「陛下からの用件と旦那様の睡眠を比べるのならば、私は迷うことなく後者を取ります」


 ――例えっぽく言ってるけど、それをすでに取ってるからね……。


「それに旦那様はこの国の人間ではございません。皇帝陛下よりの使者とはいえど、こうべを垂れるいわれはないでしょう」


「あぁ…えっと……そうなのかな?いや、フルークさんの言ってる事は分かるんだけど……ん?そういうものなの?」


 フルークの言っていることは暴論ではあるが、理解出来ない事を言っているわけではない。

 そもそも、それを言った当人は至って真面目なのだから。


「まぁ、じゃあ、これ以上待たせるのもなんだから…とりあえず会おうか。その人は応接……し……あれ?」


「いかがいたしました?」


「フルークさん……」


「はい」


「使者さんて…玄関前にいるっぽいけど…」


 シンは敷地内の気配を探ってみたところ、その使者と思わしき人物は応接室どころか、屋敷内にも入ることなく玄関前に立っているようだった。


「はい。そのまま待たせております」


「皇帝の使者なのに!?」


「当然でございます。この屋敷は旦那様の物。例え陛下御自身が来られたとしても、旦那様の許可なく屋敷内へ入れるような真似はいたしません」


「そこは致してあげて!いや、そりゃあ俺は別に良いよ?皇帝と喧嘩になっても、みんなを連れてこの国を逃げ出すくらいは出来るからさ。でも、フルークさんたちはマズいでしょ?みんなの給金て国から出てるんでしょ?」


「正確には陛下の持つ個人資産より払われております」


「はいアウトー。絶対にあなたたちは俺を皇帝より優先しちゃ駄目。お給料減らされちゃうよ?てか、首になったらどうすんの」


「例え給金が頂けなくとも、それまで通りにこの屋敷にて仕えさせていただきます」


 そんなブラックな発言をしたフルークの表情は至って真面目だった。


「分かりました……。フルークさんがそんなことにならないように皇帝には恩を売るようにしますよ」


「私だけではなく、他の者も同じ意見だと思いますが」


 ――忠義心が重い!!


「……じゃあ、使者さんを応接室へ通してあげて。待たされたことを怒ってないと良いけど……」


「もし旦那様に文句を言うようであれば即座に私めが叩き出して――」


「絶対にしちゃ駄目だからね!」


 そんなやり取りの後に応接室へと向かうシンの足取りは重かった。

 まるで彼らの厚い忠義心が両肩にずっしりと乗りかかっているかのように……。




「お待たせしたようですいません」


 先に応接室で待っていたシンは、フルークに案内されて入って来た皇帝よりの使者という中年の男性にまずそう言った。

 宮廷仕えの官僚の制服を身に纏った四十半ばくらいの男は、姿勢や視線の動かし方からしても、対外的な事案に対して慣れている様子が見て取れる。

 シンは男と初対面ではあったが、おそらくは宮廷内でも高い地位にいる者だろうと思った。


「いえ、とんでもございません。陛下より、くれぐれもシン殿の安眠を妨げることなく待つようにと言われておりましたので」


 男は全く機嫌を損ねている様子もなくそう言った。


「陛下が?えっと…急ぎの用件だと聞いたんですけど…」


「はい。陛下より、シン殿が起床され次第お伝えするようにと申し付けられております」


 ――それを急ぎと言うのだろうか?昼まで寝てたらどうするつもりだったんだか…。


「そう…なんですねえ…はは」


「陽が落ちるまでに起きて来てくれれば、私も妻に帰りを心配されることがないのでとは思っておりましたが」


「そう…なんですねえ…はは」


 もう何と返して良いのかも分からないシン。

 ただただ乾いた笑い声が、二人しかいない無駄に広い室内に虚しく響いた。



「それで陛下よりのご用件というのは?」


 これ以上その空気に耐えきれなくなったシンがそう切り出す。


「陛下よりの伝言は一言だけ、宮殿までお越しいただきたいとのことです。それだけ伝えれば分かるからと」


「……分かりました。朝食後に伺いますとお伝えください」


 皇帝からの呼び出し。しかも手紙のように形のあるものではなく、直接信頼が置けると思われる者を遣わしての伝言。そのことをを加味すれば、答えは一つしかシンには思い浮かばなかった。

 

「ああ、それと一つ。一緒にフェルトとライアスも行くので、それも伝えといてもらえますか」


「フェルト殿とライアス様ですね。分かりました」


 ――さて、出来るだけ早く尻尾を掴めれば良いんだけどな。


 すでにシンの頭の中は、目の前にまだ使者がいることを忘れるほどに次の考えを巡られていた。




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