第7話 安堵と畏怖

 リールンクは自分が監視されていることは最初から分かっていた。

 彼らの方針に真正面から反対する意見を出したのだから、それは至極当然のことだろうと。

 間違いなく自分の行動は何者かの――おそらくはギルド暗部に所属する何者かの手によって全て筒抜けになっているだろう。

 彼らの持つ能力はリールンクすら聞かされていない秘中の秘であり、彼らに命令を下すことが出来るのはギルドの中でも数人。それは六賢人と名乗る幹部の内の三人のみだ。


 リールンクもその六賢人の一人として名を連ねているが、その存在自体が極秘となっている為、他の冒険者がその事を知ることはない。

 リールンク自身も、任命されて初めてその存在を知ったくらいなのだ。


 そんな彼らに逆らうような行動をとったのだ。

 あの場では皆で一考するという形で収まったが、決してそれが本心ではないということは分かっていた。

 あの計画の為にこれまでに費やした労力を無駄にするとは、その一端を担っていたリールンクにはとても思えなかった。


 ならば――その計画の邪魔になるかもしれない自分に監視を付けるということは当たり前の行動だと思っていた。


 しかしリールンクにはその監視を察知することは出来なかった。

 若くしてAランクに上がり、その貢献を認められてか、極秘の六賢人にまで選ばれた自分ですら察知できない能力を持つ者。


 それは本当の意味で寝首をかかれる恐れすらあるという事実。

 相手がその気になれば暗殺をいう手段を何の躊躇いもなく実行してくるだろうという確信。


 そこで彼は出来るだけ普段通りの行動を心掛け、あるタイミングをじっくりと見定めることに時間を費やしていった。



 そしてその時はやってきた。

 その日もいつもと変わらずギルドに顔を出して依頼を受けるフリをしていたのだが、そこにいた三人の冒険者がある会話をしているのが耳に入った。


「さっきの二人組も冒険者なのか?」


「恰好はそう見えたが、一人は明らかにガキだろう?あんなのが冒険者とは思えねえな」


「まあ、何の武器も持っているようには見えなかったしな。何かの依頼をしにきたのか、それとも道に迷って入って来たのかだろうぜ」


 彼はその三人に確認を取るようなヘマはしなかった。

 その会話だけで十分に確信を持ったからだ。


 依頼を受けることなくギルドを出ると、しばらく帝都の街を目的も無く歩き、昼前には目的の屋敷へと到着した。


 彼は二人が昼には戻ってくるという確信があった。

 ギルドで貼られている依頼を確認したが、Cランクである彼らが受けられる依頼で、二人がそんなにも時間をかけるとは思えなかったからだ。


 そしてその予想は的中した。

 もう少しで正午になるという頃、目的の二人が近づいてくるのが分かった。


 無駄な事だとは思いつつも、あくまでも偶然という事を装って二人に近づいた。


「やあ、こんにちは」


 そう話しかけた彼を見る少年の目は、あからさまな疑念の感情が見て取れる。


「確か――前にギルドで会った…」


 何かを探るような気配。

 少年がこちらの表情から何かを読み取ろうとしているのが分かる。

 自分の眉の動き一つ見逃さないだろうという集中力。


 リールンクはその行動に内心で少年に感嘆の念を抱いていた。

 その年で熟年の冒険者顔負けの警戒心。

 そして、その内に秘めた解析能力の高さ。


 この少年は自分がこの場で何を言ったとしても、決して警戒心を解くことはないだろうとリールンクは思った。




 伝えることは全て伝えた。

 屋敷を出てきたリールンクは安堵にも近い感情を抱いていた。


 後はこの国を出て、奴らの追手から逃げ回る日々が待っているのだ。

 寝る時すら安心出来ない、死への恐怖に怯える日々が。


 そう思っていた。その覚悟もしていた。最悪刺し違えてでもと思っていた。


 そこまでの覚悟の行動だった。しかし――


「先生。あれはどうしますか?」


 屋敷を出る際の挨拶をしているところへ一人の男が現れた。


 彼はレギュラリティ教アッピアデスの師範であるライアスという青年だとリールンクは知っていた。


「後でじっくりと話を聞くから、どっか空いてる部屋にでも入れといてくれる?」


 それまでテラスで彼と会話をしていた男――シンがそう返す。


「分かりました。それまでは私が監視をしておきます」


「そう?屋敷の中だったら、見てなくても大丈夫だよ?」


「それは理解しておりますが、誤って使用人たちが入ってはいけませんので」


「ああ…そういうことね。じゃあ、お願いするよ」


「はい。では失礼します」


 そんな会話をすると、リールンクが挨拶をする間もなく去って行ってしまった。



「あんたにはもう少し協力してもらいたいから、しばらくは目立った行動をとらないようにな。ここに来たことはバレないとは思うけど、次また別の監視が付くかも知れないからな。全てが整うまで俺たちも表立って派手には動きたくないし、今は少しでも味方が欲しいんでね」


 別れ際にシンの言った言葉の真意をリールンクは考える。


 シンは自分に監視が付いていたことを知っていた。

 いや、それは状況を考えれば推測されることかもしれない。


 しかし――次また別の監視が付くかもとシンは言った。


 それは、今まで付いていた監視がいなくなったということ。

 リールンク自身でさえその存在に気付くことが出来なかった観察者を、そしてということなのではないか。


 そしてライアスとの会話。


 間違いなく、空いている部屋に連れていかれたのは自分を監視していた者だろう。


 使用人が誤って部屋に入らないようにとライアスが言ったのは、それを見た使用人がショックを受けるような状態であるということだ。


 あとで話を聞くとシンは言っていた。

 ならば生きてはいる。


 ――いる。


 それ以上の事は考えるのは止めよう。

 でなければ――これからその者に訪れるであろう恐怖を想像してしまうことになるからだ。


 そう考えながらリールンクは鳥肌の立った腕を擦りながら宿へと向かったのだった。



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