第6話 影からの侵入者
男が持つスキル【
それは努力で身につくものではなく、生まれつき彼にのみ与えられていたユニークスキル。
その能力が本領を発揮するのは闇夜であったが、陽によって出来る影さえあれば使用できる為、日中であっても地理的な条件が揃っていれば問題はなかった。
隠密行動に適したスキルではあるが、決して彼自身の戦闘能力が低いわけではなく、彼の冒険者としてのランクはB。スキルを使わない戦闘においても、
故に彼は普段は冒険者として行動し、裏ではギルド暗部に所属する形で諜報の依頼をこなすという生活を続けていた。
そして彼はその能力に絶対の自信を持っていた。
影の中に入れば、その気配すら察知されることはなく、誰に気づかれることなく、いかなる場所へも侵入することが出来た。
もしも暗殺の依頼があるとすれば、ターゲットが気付く前に背後から首をかき斬ることも可能だろう。
だが彼はそうした依頼を受けることはなかった。
彼が受ける依頼はあくまでも隠密行動を主とした諜報活動のみ。
それが彼の絶対に譲れない信念であり、他の権力者にとっての救いとも言えた。
そんな彼は今、人生で初とも言える挫折を味わっている。
冒険者として困難な依頼を失敗したことは何回かあったが、尾行調査においては初の事だった。
「なんだ……これは……」
彼は影の中でそう呟いた。
人生で初めてぶち当たった壁。それは文字通り、彼の侵入を阻む見えない壁。
その気になれば皇帝の背後にすら忍ぶことが出来ると自負していた能力が、見えない何かによって、その行く手を完全に阻まれてしまっているのだ。
彼は本能的に危険を察知し、近くの木の影へと移動する。
そして、その能力を拒むように建っている建物に視線を向けた。
何の変哲もない――と言ってしまうと語弊があるが、十二分に立派な貴族の屋敷。
だが、それは彼が今までにも潜入したことのある物とそう変わりはない。
今回彼の受けた依頼は、リールンクの尾行とその行動の報告。
リールンクがどこで誰とどのような会話をしたのかという事の調査であった。
リールンクは帝都の冒険者で知らぬ者はいない強者ではあるが、彼は絶対に気付かれないという自信があり、万が一気付かれたとしても逃げ切れる自信もあった。
それほどまでに自分の能力に過信ともいえるほどの信頼を持っていたのだ。
そして依頼から一週間。
その間尾行し続けていたのだが、ようやくリールンクがおかしな行動をとりだした。
その日のリールンクは宿を出ていつものようにギルドに行き、しばらく街をぶらついてから貴族たちの住む区画へと向かっていた。
彼が元は他国の貴族であるということは当然の如く把握していたが、このタイミングでのこの行動は明らかに何かあると感じた。
リールンクは一軒の屋敷の前で立ち止まる。そして誰かを待つかのようにじっと待機していた。
彼は万全を期すために、少し離れた街路樹の影の中に身を潜める。
しばらくすると、軽装だが冒険者だろうと思われる恰好をした二人の男が現れた。
一人はリールンクと同じくらいの歳の細身の男。
もう一人は青年というには少し幼くも見える小柄な男。
三人は何か会話を交わした後、その屋敷の中へと入っていった。
彼は何かがあることを確信し、急いで三人の後を追うように影の中を進んだ。
門のところまで来ると、庭の中は移動するには影が少なく、屋敷の中まで侵入するには難しいと判断した彼は、急いで別の侵入ルートを探す為に塀の周りを移動する。
途中、中から子供の騒いでいる声が聞こえて来たので、一瞬その子供の影に潜んで屋敷に入ることも考えたが、その子供が屋敷の中に戻るのを待っている余裕は無いと判断する。
そして屋敷の裏手に差し掛かった時、ようやく建物にまで陰る一筋の木の影を発見した。
彼はその影の中を全速で移動する。
多少時間はロスしてしまったが、あの三人が屋敷に入ってすぐに何かのリアクションを起こすとは考えにくい。
まだ全然間に合うはずだ。
そう考えながら屋敷の塀に差し掛かったその時――彼の身体は見えない何かによって跳ね返されてしまった。
彼は侵入に利用しようとした木の上から屋敷を見ている。
あれは何だったのだろうか?と考える。
魔法?魔道具?そのどちらにしても、屋敷単位で人の侵入を阻むようなものを彼は知らない。
得体が知れない。その事は戦闘においてもっとも危険なことである。
相手がどのような能力を持っているのか知らずに戦うことは、むやみに自らの命を危険に晒すことでもある。
彼はどうするべきか迷う。
本来なら撤退するべき事案であることは間違いない。
絶対的と思っていた自分の能力が通用しないナニカに遭遇してしまったのだから。
しかし、ここでリールンクから目を離してしまうことは避けなければいけない。
最低限の情報を持ち帰ることが、今の彼にとって出来る最善であると判断した。
故に彼は、門が見える正面の木の影の中で待機することにした。
リールンクが中で何をしているかは分からなくても、出てきた後を追跡することの出来るその位置を。
そして、彼がその判断が間違っていたことを理解するまでにそう時間はかからなかった。
「何か御用があるのでしたら、正面玄関にお回りいただけますか?」
ふいにそんな声が聞こえてきた。
影に潜んでいる自分に話しかけてくる者がいるはずはないのだが、その声の距離と方向は明らかに影の中にいる自分へと向けられている。
そして次の瞬間、彼を取り囲んでいた闇が払われた。
「こそこそと屋敷を見られるのは、あまり良い気はしませんからね」
背後から聞こえてくるその声は、今度こそ間違いなく彼に対してのものだと分かる。
彼は激しく動揺しながらも、ゆっくりと後ろを振り向く。
そこに立っていたのは、麻木色のローブに身を包んだ坊主頭の男だった。
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