第5話 密談
「ごちそうさま。とても美味しかったよ」
食事を終えたリールンクはナプキンで口元を拭う。
シンは食事中も思っていた事だが、その動きの所作に、目の前の男が冒険者であることを忘れさせるほどの優雅さを漂わせていた。
「貴族?」
シンはついそう口に出してしまった。
「ん?ああ――元ね。私はカネリン王国の伯爵家の三男だったんだが、家督を継げずに冒険者になったんだよ」
――カネリン王国……ファーディナント王国から北東にある国か。
シンはロバリーハートで貰っていた地図を頭の中で思い描く。
カネリン王国はバイアル大陸を東西に分断しているランディアス山脈に沿って細長い形の国土を有する小国。
ここパルブライト帝国からは東に位置してはいるが、間にいくつもの国を挟んでいる為、地理的な距離はかなり遠い。
更に距離のあるロバリーハートでは、カネリン王国の情報は全く得られていない――というよりは、そもそも話にも上がっていなかった。
なのでシンが知っていることは、その名前と位置だけである。
「元貴族で冒険者って珍しくないか?それともカネリン王国では普通なのか?」
家督は継げなくても、それなりの職に就くことは出来るだろう。
「いや、それほど珍しい事ではないよ。貴族は世継ぎや婚姻関係を増やす為に、子供が多いのが普通だったりするからね。まあ、私みたいな三男だったら、そこそこの役職をあてがってくれるだろうけど、それ以上は冒険者をやっている者は多いと思う。みんな身分を隠しているから分からないだけじゃないかな?元貴族ですって言うのは、プライド的に難しいだろうしね」
「ああ、それで珍しく感じるのか…」
「それに、現役の貴族の――当主である君が冒険者っていう方がよっぽど珍しいと私は思うけどね」
――こいつも皇帝と同じようなネットワークを持ってますってか。しかも、それを隠す気が無いってのがめんどくさそうだな。
「まあ、私は運よくとでも言うのか、たまたま剣の才能があったみたいでね。それならいっそ冒険者ってのもありじゃないかと思ったのさ」
「剣の才能――ねえ。それでもそこまでになるには、結構な修練が必要だと思うけどな」
才能だけでこのレベルになるはずがないとシンは思う。
涼しそうな顔をしているが、目の前に座っているこの男は与えられた才能に胡坐をかくことなく、今も弛まぬ鍛錬を続けているのだろうと。
「そりゃそうさ。この仕事は命がけだからね。こう見えて結構努力家なんだよ」
「だろうね」
他の者にはどう見えているかは知らないが、少なくともシンにはライアスと同じレベルの実力があることは理解出来ていた。
アデスにおいて、そしてそれ以降もシンが身体強化を使って鍛え続けているライアスと同程度に。
「旦那様。お茶をお持ちいたしました」
そこにメイドのエアルがティーセットを台車に載せて運んできた。
少し長めの赤毛をおさげにした若い女性。今年二十三歳になるエアルは屋敷にいるメイドの中では年配にあたり、他の若いメイドを指導するリーダー的な存在だ。
「失礼いたします」
ティーカップにゆっくりと注がれる紅茶から放たれる優しい香りがシンとリールンクの鼻腔をくすぐる。
「エアル、ありがとう」
ティーカップが二人の前に置かれると、シンはエアルに礼を言う。
こういう主気取りは嫌いなシンだったが、少なくとも客人の前ではきちんとするようにとフルークに言われていた。
甘い態度を外に知られれば、家族全員が他の貴族たちに舐められるということらしい。
自分の態度で使用人である彼らが、そして子供たちが知らない奴らに舐められるのも気分が悪いと思ったシンは、その言葉に素直に従うことにした。
――ジャンヌたちにも良い
そんな目的もあった。
「で、話は?」
エアルが去っていったのを確認すると、シンはそう切り出した。
「たまたま通りかかって食事に誘われた。では通らないかな?」
リールンクはとぼけた口調でそう返す。
「俺はそれでも構わないけど?じゃあ、お茶を飲んだらお帰りいただくと――」
「実は君に話があるんだ」
用があるのはリールンクの方なのだから、通ってもらっては困るのは自分だった。
「一応大事な話なので、外部の者に聞かれるとマズイんだけど……ここなら問題無さそうだ」
そう話しながらリールンクは周囲を見回す。
「屋敷の周りには結界を張ってあるから、ここでの話を誰かに聞かれることは無いから心配しなくでいい」
「結界――ねえ。私は敷地に入った時に、昔に行った事のあるレギュラリティ教の神殿を思い出したよ。聖女の与えし神聖な大いなる護りの加護のね」
そう言うと、深い溜息をつくリールンク。
その表情には驚きを通り越して、心底呆れたようなものが浮かんでいた。
「ここに居れば、これから起こる大災害でも無事な気がするよ」
シンはリールンクの大災害という言葉に僅かに反応する。
おそらくは、ゴブリンキングの件だろうと考えた。
「君は当事者のようなものだから、そう聞いてもそれくらいの反応しか無いだろうね」
「どこまで――知っている?」
「ああ、落ち着いてくれ。私は少なくとも君たちの味方だと思っている」
ガラッと雰囲気の変わったシンを見て、慌てたようにそう言うリールンク。
「味方?その証拠は?」
「ここに一人で来たことがその証明にはならないかな?普通、君の事を知っているなら、こんな命知らずな事はしないと思うけど?」
シンは未だにこの男の真意を測りかねていた。
この結界の中にいる限り、この男が何か危害を加えるようなことは出来ない。
だからこそ、ジャンヌが案内すると言った時も許したのだが、だからといってこの男が味方だと言う証拠は何も無かった。
「これから君に伝えることは、君の中だけ――もしくは心から信用できる少数の味方の中だけにしまっておいてもらいたい」
「――内容による」
「まあそうだな。でも、一つ覚えておいてくれ。今回君に会いに来たこと自体、私はかなり危ない橋を渡っているのだということを」
リールンクは真剣は表情でシンを見つめる。
「では話をしようか」
そしてリールンクの語った内容は、シンにとっては思いもよらない驚きの内容だった。
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