第49話 六賢人

「陛下、首尾はいかがでしたでしょうか?」

《ルビを入力…》

 シンたちの帰った後の応接室。

 そこには、皇帝ユリウスに話しかけるイキートスの姿があった。


「そうだな。協力の言葉を引き出せたのだから、今回は上出来だと言えよう」


 満足そうにそう答えるユリウス。

 口元には微かな笑みが浮かんでいる。


「果たして、その言葉はどこまで信用できるのでしょうかな?」


「こちらがいらぬことをしない限り――大丈夫だろう。あの者の本質が善であるのは、集めた情報からもはっきりしている。ただし――敵対するようなことをしない限りにおいては、だろうがな」


「陛下……そうであれば、わたくしの身が危険なのでは無いですか?先日、あれほどの事を言ってしまったのですから……」


 イキートスは、シンたちへの暴言の数々を思い出してゾッとするものを感じていた。


「ああ、それも心配には及ばん。あの者はこれが茶番であったことに、とっくに気付いておるよ。むしろ恨みを買ったとしたら余の方であろう」


 事も無げにそう言ったユリウスに、むしろ心配が増えるイキートス。


「そんな不安そうな顔をするな。そのために今日の場を設けたのだ。形式として謝罪もした。ギャバンでの褒賞も渡した。その者はそれを受け取った以上、手荒な真似はしてこまいよ」


「……あれだけの力を持っている者が、そのように甘いでしょうか?」


「ああ、甘いな。大甘だ。もしもあの者がこの国の貴族であったのなら、他の狡猾な貴族どもに骨の髄までしゃぶられた挙句、良いように使い捨てられるだろうよ」


 ユリウスはシンをそのように評価したかと思うと、おもむろに立ち上がり――


「だが――その甘さを押し通せるだけの力がある。誰にもそれを妨げることが出来ない程の力が。そして謀を見抜ける知恵もある。あの者を利用しようと考えるならば、その代償は自分の命だけで済ませられるような安いものではあるまい。――この国の皇帝にそれを思わせることが出来るという事が如何に異常なことか……」


 机の上に出したままにしてあった、書きかけの手紙に目をやりながらそう呟くように言った。


「イキートスよ――其の方の決死の芝居のおかげで、余は重大な選択をたがえる事なくこの国を護ることが出来たのだ。心から礼を言うぞ」


「この身に余るお言葉でございます」


 そしてイキートスが部屋を出て、室内にはユリウス一人となる。


「さて、これでようやくイーブン。いや、まだ若干分が悪いか…。まあ、今はこれで良い。一先ずはあの者たちをこの地に留めることが出来たのだからな。」


 そう独りちると、手紙の続きを書くべく筆を取った。




「これで全員揃ったか」


 ある一室の円卓を囲むように座る六人の男たち。

 半数が老人、残る二人が中年、そして一人が青年といった顔立ちをしている。


「突然の招集ですまなかった」


 老人の一人が、皆の顔を見回しながらそう言った。


「構わんよ。おそらくは近々声がかかると思っておったからな」


 別の老人がそういうと、何人かが同意を示すように頷く。


「話の内容は察しておるとは思うが――あのシンと呼ばれる者の事だ」


 老人の言葉に皆がだろうなという感じの反応をする。


「すでに気付いておる者もいるだろうが、あの者たちがエクエルへと到着した。すでに皇帝とも謁見を済ませておる」


「ほう――あの若造、やはり頭が回るのう」


「うむ、影の持ってきた情報では、ファーディナントの女狐から皇帝宛に手紙が届いておるようだ」


 その言葉に誰かの舌打ちが聞こえた。


「エルザ=フォン=サンディポーロ……か」


 中年の男がそう呟く。


「この事で我々は後手に回ってしまったと言わざるを得ない。そこで今後の方針について、皆の意見を聞きたいのだ」


「先に一つ良いか?」


 先ほど呟いた中年の男が立ち上がってそう切り出す。


「俺が聞いた話では、すでにちょっかいを出した奴がいるようなんだが?」


 男の言葉に、その場に緊張が走った。


「まさか――この中の誰かが先走ったとかじゃないよな?」


 誰もその問いに答えるものはなく、たがいがたがいの顔を見合うことしかなかった。


「テュネス、今は内輪で疑い合っている場合ではない」


「……そうだな」


 テュネスと呼ばれた男は老人の言葉に静かに腰を下ろした。



「私も一つよろしいでしょうか?」


 その場でもっとも若く見える男が手を上げてそう言う。


「リールンク、何か意見があるのか?」


「いえ、意見ではありません。皆さまで意見を出す前に情報を一つ提示しておこうと思いまして」


「ほう、貴殿は何か有力な情報を仕入れられたのか?」


「ええ、実は――先日、私はそのシンという者と偶然にも話をする機会がございました」


「何だと!?まさかお前――」


 テュネスとは別の中年の男が勢いよく立ち上がる。


「いえ、本当に偶然なのです」


 リールンクは男を落ち着かせようと、偶然の部分を強調するように言った。


「……まあいい。続けろ」


 男はドスンと音を立てて座った。


「結論から先に申し上げますと、私はこの一件から手を引きたいと思っております」


「何だと!?」


 そして再び立ち上がる。


 他の者は急に何を言い出すのかという顔だ。


「イエンチ殿落ち着いてください」


「これが落ち着いていられるとでも?」


 イエンチはリールンクを睨みつける。


「理由を――聞かせてもらえるか?」


 老人は静かな口調でリールンクへと問う。


「簡単な話です。あの人は私には荷が重すぎる。いえ、私たちには――ですか」


 リールンクの言葉にざわつく一同。


「……お主がそう言う程の男なのか?」


「六賢人たる皆様方でしたら、彼に直接会ってみれば分かると思いますよ。あれをギルドに取り込むのは、龍を内で飼おうとするようなものです。とても飼いならせるタマではありません」


 そう言いながらリールンクはシンに出会った時の事を思い出していた。


 偶然にもギルドの入り口で遭ってしまった世界を覆う厄災のような力を秘めた人物の事を。






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