第48話 皇帝からの恩賞

「先日の事があるからな、今日はこのような形を取らせてもらった」


 皇帝ユリウスと向かい合う形で座るシンとライアス。

 ここは一昨日の謁見の間ではなく、王宮にある応接室。

 さすがと言える見事な彫像品などで飾られた豪華な造りの室内には、3人以外に騎士団総団長シルヴァノと、ユリウスの隣に座る若い初見の男の五人だけという、皇帝がそこにいることを考えれば異例中の異例の警備体制である。


 子供たちは宿に残し、フェルトが万が一に備えて待機している。

 シンとしては大丈夫だと言いたかったが、昨日のことがあったので、それを言うとお前が言うなと言われそうだと思って諦めた。


「皇帝陛下としては、この警備はいささか軽率な行動ではないですか?」


 ライアスが先日とのあまりの違いに、戸惑ったようにそう言った。


「なあに、今日はこちらの非礼を詫びねばならんのだ。これはその気持ちの表れだと思ってくれて構わない。まあ、師範殿が我に害を与えるようなことをするなどとは思わんからな」


「私もいますけど?」


 自分はどこの馬の骨とも知らぬ奴ではないか?シンはそう思って聞いてみた。


「うむ、それは分かっているのだがな。――シルヴァノ」


「は!シン殿が陛下に危害を加えようしたならば、そもそも我ら騎士団では止められないと考えます」


「――だ、そうだ。警備を厳重にしたところで意味はなかろう?それにその気ならば――試合など受けずに、あの時に殺れば良かったのだからな。だからこれでも何の問題も無い」


「……いや、そんな気はそもそも無いですけどね」


「ああ、もちろんそれが解っているという事もある」


 ――だから、平気で人を試したのか。食えない皇帝だな。


「まあ、そんな事よりも本題に入ろう。――キジャーノ」


 そう言うと、キジャーノと呼ばれた隣の若い男が、一枚の紙を机の上に広げた。


「ギャバンの件、そして先日の詫びとして、何を褒賞としようと考えていたのだがな」


「これは?」


 シンがその紙を覗き込むと、それは何かの契約書のようなものだった。


「皆はしばらくエクセルに滞在するのであろう?」


 ――ギルドとも繋がってるってことですか。まあ皇帝だしね。


 ユリウスの言葉は、暗にシンたちがギルドに滞在申請を出したことを知っていると言っていた。


「なので、これはエクセルにある屋敷の権利書だ。そこを拠点として活動すれば良い」


 ――申請を出したのは昨日だけどね。翌日に屋敷を用意するとか、えらく手回しの早いことで。


「留守にする間は、まだ幼い子供もいることだし、この屋敷の管理も必要だろう。その人間もこちらで手配してある。もちろん、その者たちの給金は帝国が支払う」


 ――そして、自分の手の者をこちらに忍び込ませると。


「そして、これはシン殿。お主個人への褒賞と詫びだ」


「ん?私へのですか?」


 ――ライアスとフェルトも対象じゃないの?


「先生。私はレギュラリティ教団に所属している者ですので、個人的な報酬を受け取ることが出来ないのですよ。受け取ってしまうと、それは賄賂となってしまうので」


「そうなの?厳しくない?」


「そういう戒律ですので。それに、ちゃんと教団からは十分な師範としての報酬はいただいておりますから」


「そういうことで、ライアス殿には渡すことが出来ぬ。代わりに、教団へ金貨1000枚を寄付という形で送ろうと思う」


 ――金貨1000枚!?俺がエルザさんから貰ったのだって金貨50枚なのに!?いや、それでも十分すぎるほど多い金額なんだけどさ。


「過分なご配慮、教団を代表してお礼申し上げます」


 神妙に頭を下げて礼を言うライアス。


 ――ライアス……お前、凄いよ。こんな大金を眉1つ動かさずに受け取るんだから…。


「あと一人、あの少年――フェルト殿だったか。彼の報酬だが、それはこの屋敷に用意してある」


「え?どういう?」


「ふふふ、まあ行けば本人には分かるだろうから、ここは秘密にしておいてもらえないか?」


 ――楽しそうな顔をしてからにもう……。


 ――警戒を解くつもりは無いけど、どうやら本当に俺たちと敵対する気はなさそうだな。


 ――まだ何か企んではいるみたいだけど。



 そうして、ユリウスとの会談は終わった。

 シンたちが部屋を出ようとした時に、後ろからユリウスが話しかける。


「シン殿。エクセルにいる間に何か困った事があれば遠慮なく言ってきて欲しい。そしてこちらからも力を貸してもらいたいことがあれば、話を聞いてはくれないだろうか?」


 それは、西大陸最大国家であるパルブライト帝国皇帝が、一介の冒険者へ言う言葉とは到底思えない。

 辛うじて、少人数のこの場だからこそともいえる。


「……内容次第ですが、私に出来ることであれば」


「そうか、その言葉感謝する」


 そうして部屋を後にした。



 ――ああ、このセリフを引き出すための舞台だったのか。


 やはり食えない奴だ。そう思いながらシンたちは宿への帰路に着いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る