第44話 誘う瑠璃アゲハ

「ねえねえ、ろーらちゃん。あれみて」


 ミアが空を指さしてローラを呼んでいる。

 その指さした先には、道行く人の頭の少し上を飛んでいる蝶がいた。


「わあ、きれい」


 薄く透けた黒に瑠璃色の羽をした蝶は、太陽の光を反射させて輝き、まるでその姿を人々に誇るように旋回を続けている。


 二人はゆっくりとその蝶が旋回している方向へと近づいていくと、それに気づいたかのように、蝶はひらひらとその場から遠ざかるように飛んで行く。


 二人の視界から消えないように、ゆっくりと、ゆっくりと、どこかへ誘っているかのように――


「あれ?どこいくのー?」


 ローラとミアが蝶に誘われるかのように歩いて行くと、それに気づいたルイスもその後を追っていった。


 そして、ロイドとジャンヌが気付かない間に三人は人込みへと消えていったのだった。



 三人は行き交う人の間を縫うように蝶を追っていく。

 途中、蝶を見上げながら進んでいた為、何度か歩く人にぶつかりながらも、徐々に徐々に繁華街の通りから離れていった。


 人の姿が少なくなってきた頃、蝶は建物の隙間の路地へと入っていく。

 狭く、薄暗い路地の奥へ奥へと。

 完全に蝶に意識を取られていた三人は、特に警戒心を抱くことなく、路地を進んでいく。


 街の喧騒がほとんど聞こえなった頃、蝶はゆっくりと空へと舞い上がり、そのまま建物の影へと消えていった。


「あー。どっかいっちゃった……」


 ローラが残念そうに声を漏らす。


「大丈夫よ。あなたたちもすぐに姿を消すことになるんだから」


 飛び去っていった空を見上げていた三人の背後から女の声が聞こえた。

 三人はその声に少し驚いて振り向いた。

 そして、その声の主を見て、ローラとミアが小さく悲鳴を上げる。


「ぼくたちも?」


 振り向くと、そこには全身を黒のぴっちりとした服装で立っている人物がいた。

 しかし、その顔には目のところだけの開いている、同じく黒のマスクをつけている為、三人には影が立ち上がっているように見えた。

 声の感じから女であるだろうとは察せられたが、それ以上の情報を得ることは出来なかった。


 ルイスはそれほど驚かなかった様子で、その影に向かって話しかける。


「そうよ。あなたたちはこれから少しだけ遠い所へ消えてもらうことになるのよ。あなたたちも痛い思いとかしたくないでしょ?だから、大人しくついてきてくれると助かるんだけど」


 言葉こそは子供に話しかけるような感じではあったが、その声から感じる雰囲気は、三人の返事に関係なく、どんな手段を使ってでも連れていくつもりであることが感じ取れた。


「でも、かってにどっかいったら…じゃんぬおねえちゃんにしかられるから……」


 ルイスの背中に隠れるようにいたミアが小さな声で返事をする。


「あら?あなたたちはもう勝手にここに来てるじゃない?今戻ったら叱られるわよ?だから、私と一緒に行きましょう?」


 女はそう言うと、三人の方へ一歩踏み出す。

 三人はそれに合わせて後ろに一歩下がる。

 その時、三人の背後に四つの女と同じような恰好の影が現れ、逃げ道を塞ぐように立ちふさがる。


「わたしも子供に手荒なことはしたくないのよ。それに手間をかけるのも嫌いなの。だから、大人しく捕まってくれないかしら?」


 ローラたちの挟む影が前後から一歩ずつ距離を詰めてくる。


「るいす……」


 ミアが泣きそうな声を出しながら、ルイスの腕にしがみつく。

 その反対の腕には、すでにローラが張り付いていた。


「下手に暴れると本当に怪我するわよ」


 ゆっくりと女の腕がルイスへと伸びていった。




「すいません!三人でいる子供を見ませんでしたか?」


「子供?いや見てないと思うよ」


 ロイドとジャンヌは三人の姿が消えた後、大慌てで周りの人に聞き込みをしていた。


「そうですか…。ありがとうございます」


 しかし、三人を見たという人にはなかなか出会うことはなかった。


「ねえ、人を捜しているんだったら、露店の人に聞いた方が良いんじゃないかしら?あの人たちだったら、お客さんを呼び込むために歩いている人をよく見てるから」


「――あ!ありがとうございます!!」


 ジャンヌは動揺していた為、とにかく動かなければと思い、闇雲に聞いて回ることしか思いつかなかった。


「ロイド!!店の人に聞く方が早いって!!」


「――あ!分かった!!」


 ロイドもジャンヌと同じだったようだ。


 そして――何件か目の飴細工を売っている露店でようやく求めていた情報を得ることが出来た。


「子供が三人……。あれか?少し前に、上を見上げながら歩いていた子供。人にぶつかりながら向こうに歩いて行ったけど。確か、三人だったような気が……」


「ありがとうございます!!あっちですね?」


「ああ、でも、少し見かけたってだけだから、嬢ちゃんが探している子どもかどうかは分かんないぜ?」


「いえ!それでも十分に助かります!!――あ、今は急いでるんで失礼しますけど、三人を見つけたら、みんなで飴買いにきます!!」


「ははっ、子供のくせにしっかりしてんな。ああ、無事見つかることを祈ってるぜ」


「はい!!」


 微かな情報ではあったが、今の二人には藁をも掴むような気持ちであった。


「ロイド!!三人は向こうへ行ったかも?って!!行くわよ!!」


 ジャンヌの声に反射的に走り出すロイド。

 そして、同じように走り出すジャンヌ。



 二人は子供とは思えないような動きで、多くの人の隙間を風の様に走り抜けていった。

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