第43話 大都会エクセル

「これおいしいねー」


「うん、おいしい!」


「歩きながら食べるのは行儀悪いわよ。今座れるところを探してるからもう少し我慢しなさい」


「はーい」


 串に刺さった焼いた肉を手にニコニコ顔のちびっこたち。

 引率役のジャンヌがしょうがないなあといった顔で肉にかじりついている三人に注意している。


 シンとフェルトがギルドに行っている裏で、ジャンヌとロイドが保護者となって、三人の子供たちとエクセルの街を見学していた。

 到着した当初から感じていたことではあるが、この街の規模も人の多さも賑わいも、全てがジャンヌの想像していた遥か上をいっていた。


「こんなに多くの人がいるなんて、本当に信じられない…」


 行き交う人を眺めながら、誰にともなく呟いた。


「ねえ?ロイド?どうかしたの?」


 ジャンヌの隣を歩いていたロイドは、どこかぼおっとした様子だった。


「――え?何?ああっ!」


 ジャンヌに何か話しかけられたことに気付いたロイドは、手に持っていた肉串を落としそうになる。


「……いいえ、何だか様子がおかしいかな?って思って」


「え?誰の?」


「誰のって……ロイドの事に決まってるでしょ?」


 微妙に話の噛み合わないロイドに、溜息をつくジャンヌ。


「昨日からぼんやりしてる時があるから、何かあったのかと思ったのよ」


 ジャンヌは、ロイドが昨日宿に戻ってからの様子がおかしいことに気付いていた。


「ジャンヌはさ……」


「ん?何?」


「シン様みたいに強くなりたいんだよね?」


「そうよ?何を今更」


「俺もそう。助けてもらった時に目の前で見た、恐ろしかったゴブリンを簡単に倒してしまったシン様の強さに憧れて、それでフェルトさんに鍛えてもらいだしたんだ……」


「それは知ってるけど?」


「じゃあさ、ジャンヌは昨日の二人の戦いを観て、何も思わなかったの?!」


 急に語気を強めたロイドにジャンヌは驚いた。

 周りの人も何事かとロイドの方に視線を送ったが、子供が騒いでいるのだと思ったのか、すぐに興味を無くした。


「何もって……二人とも凄かったなあって思ったわよ?特にシン様はかっこ良かった!」


「うん…凄かった。でも、僕にはその凄さが、何がどう凄いのかも分からない凄さだった……」


「どういうこと?」


 ロイドが何を言っているのか理解出来ないジャンヌ。


「分からない凄さって……それはもう目にも見えないようなスピードで戦ってたじゃない?私にはシン様の動きは本当に見えなかったけどね」


「それだよ。僕も二人がどう動いて何をしたのか全然分からなかった……。シン様に至っては二人が瞬間移動したようにしか見えなかったよ…」


「ほら!何が凄いかって分かってるじゃない!」


「違う!!そういうことじゃないんだよ!!」


「急に大声出さないでよ!」


「あ…ごめん…。じゃあ、言い方を変えるけどさ。ジャンヌは――いつかシン様みたいな事が出来ると思った?」


 その言葉で、ようやくロイドが何を言いたいか分かったような気がしたジャンヌ。


「それは……」


「僕は自分がいつか出来るとはとても感じなかった。何をやったのかも分からないのに、凄いと思わせることが出来る動きって……あれは人間が鍛えて出来ることだとは、とても思えなかったんだよ」


「――迷っているの?」


 ロイドは自分の目指していたものが、決して手が届かないだろうという高みにいることに気付いたのだ。

 ジャンヌは、そんなロイドの気持ちを察し、彼がこれからのことに迷いを感じているのだと思った。


「僕はシン様に憧れた…。あの人くらい強かったら、ローラを守ってやれるって思った……」


「なら、別にシン様ほど強くならなくても、十分にローラを守ってあげられるわよ?」


「でも、フェルトさんに修行をつけてもらっているうちに、自分自身が強くなりたいって思い始めていたんだ……あの時見たシン様みたいに強くなりたいって」


 だからこその迷い。

 一度抱いた憧れを諦めなければならないかもしれないという無念。


「ジャンヌは――それでもシン様を目標に頑張れるの?」


「頑張れるわよ」


 それは即答だった。

 ジャンヌにとって、その質問の答えに何の迷いも無かった。


「――え?」


「私の目標はシン様。それはあの日、シン様に助けてもらった時に決めた私の人生の目標よ。あの人の強さを目指すことも、あの人の優しさを見習うことも――これから一生、絶対に変わらないと神様に誓って言えるわ」


 自分の意思は曲げない。

 たとえ、目の前で迷っているロイド相手であっても、それに歩み寄って気持ちを誤魔化すことなんて出来ない。

 ギャバンを出る時、これからもシンの事を信じ続け、その傍にいる事を自分自身に固く誓ったのだ。


「だから、ロイドも信じなさい!シン様やフェルトさんをね!私たちはまだ子供なんだから、今のうちに出来る事や出来ない事を自分で決めてしまうことなんてないわよ」


 ジャンヌの言葉に目を白黒させるロイド。


「ジャンヌ……君は…僕と同い年だよね?歳を誤魔化してないよね?」


「ふふん。そんなに大人に見えるかしら?」


 冗談めかして胸を張るジャンヌ。


「いや、見た目は全然子供なんだけど、その考え方が……」


「……?――あなた、今、どこ、見て、言ったの、かしら?」


「え?――いや!!違う!!そういう意味じゃないんだよ!!」


「何だか落ち込んでるみたいな話してたのに、全然元気あるみたいねえ?」


 肉串の先をロイドに向けて近づいていくジャンヌ。

 その背後には黒いオーラが、ロイドにだけ見えていた。


「落ち着いて!ほ、ほら!あそこにベンチがあるからさ!あれに座ってみんなで肉でも食べようよ!!」


 ロイドが指さしたところには、少し開けた広場があり、そこにはいくつかのベンチが並んでいた。


「――まあ、良いわ。ローラたちも早く食べたいだろうから、一旦休戦にしましょう」


「一旦……なんだ……」


「あれ?ローラたちは?」



 ジャンヌが辺りを見回すが、三人の姿はどこにも見えなかった。


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