第41話 親馬鹿発動と不貞?

「おはようございます。昨日はお疲れさまでした」


 シンが目覚めると、先に起きていたライアスがそう言ってきた。


「疲れる程のことはしてないけどね。でも、精神的には少し疲れたかも?」


 昨日の宮廷でのことを思い出して、軽く肩をすくめた。


「しかし、フェルト殿はかなりお疲れのようですよ」


 シンが隣で寝ていたフェルトを見ると、まだぐっすりと夢の中のようだ。


「フェルトが俺より寝てるなんて初めて見るな。まあ、昨日は頑張ってたからね」


「そうですね。いつの間にあれほどまでに魔力を練れるようになっていたのかと、普段から見ているはずの私も驚きました」


 二人は子供のような顔をして寝ているフェルトを見ながら、昨日のシロッコとの試合を思い出していた。


「シロッコ殿の方が若干ですが、持っている魔力量は多いように感じました」


「そうだね。少しだけど、彼の方が多かったと思う」


「その相手の得意な剣で勝負となりましたので、本当なら最初の一撃で終わっていてもおかしくありませんでした」


「多分、フェルトも見えてなかったと思うよ。でも――躱した」


「そうですね。私にはシロッコ殿が踏み込んで右から胴を払うような動きに見えたのですが、フェルト殿は上段に受けようとしました。そして、急いで変化させたように思えます」


「フェルトにはあの瞬間、相手の剣が上から来たように見えたんだと思う。だからとっさに上段に構えた」


「――虚実ですか」


「うん。俺も実際に向き合っていなかったから、これは想像なんだけど――シロッコ君は本気で上段から斬りかかるという気配をフェルトに感じさせたんだと思う。まるでそんな動き一つせずにね。あ、ありがとう」


 シンはそこでライアスが淹れてくれたくれたお茶を受け取る。


「フェルトはそれに引っかかった」


「でも、結果受け止めたんですね」


「そう。シロッコ君の剣速はフェルトが後手に回って受け止められるはずがなかったんだけどね」


「先ほど先生もおっしゃっていましたが、フェルト殿は見て動いたという感じではなさそうでした」


「とっさに身体が反応したと言えばそれまでなんだけど、やっぱり一番の理由は魔力の練度だろうね」


「シロッコ殿以上に強化することが出来ていたからこその反応だと?」


「見えてはいなかったけど――感じてはいた。それも、自分が意識すらしていないところで」


 お茶を一気に飲み干して、器を机に置いた。


「さすがにあれは驚いたよねえ」


 そう言うと、シンは眠っているフェルトを見る。

 まだ寝息を立ててぐっすりと寝ていた。


「先生でも驚いたのですか?私はてっきり先生が思っていた通りなのだと」


「そりゃフェルトのことは毎日見てるけど、初めての相手とどうやって戦うかとかは分からないからね。それに剣の腕は騎士のシロッコ君の方が全然上だって分かってたから、俺はすぐに負けると思ってた」


 フェルトが負けると思っていたと何事も無く言うシンにライアスは唖然とする。


「負けると思われていたのですか?最初から?」


「だって、普通はそう思うでしょ?せめて素手でって言うのならフェルトに分があるとは思うけど…。ライアスはフェルトが勝つと思っていたの?」


「私は…先生が特に何もおっしゃいませんでしたから、何か勝つ方法があるのだとばかり…」


「ほら、ライアスだって、普通にやったら勝てないと思ってたんじゃん」


「……反論はありません」


 ライアスは黙って下を俯くしかなかった。


「それでも、俺が勝てば引き分けみたいなもんだからって思ってた。フェルトには良い経験になるだろうとってね。でも、勝っちゃったねえ…」


「勝ちましたね…」


 二人が自分の事を褒めているのか貶しているのか分からない話をしている間、フェルトは気持ちよさそうに眠っていた。



「さて、今日はどうしようか?」


 朝食が終わって、シンの部屋に集まる面々。

 ちびっこたちも大人しくベッドに腰かけてシンの方を見ていた。


「まちをおさんぽしたーい」


「わたしはいろんなおみせみたーい」


「ぼくはおいしいものたべたーい」


 口々に希望を言い出すちびっこたち。


「うん、せっかく帝都に来たんだから、いろいろ見て回りたいよね」


 目を細めてちびっこたちを見るシン。


「先生、いつ皇帝から連絡が来るか分かりません」


「昨日の今日で来るかな?もう少しかかるんじゃない?何くれるか知らないけどさ」


「しかし、あの皇帝のことですから…」


「……ああ。確かに、最初から全部用意していた可能性はあるね。さっそく逃げ出す?」


「ええー。もうかえっちゃうのー」


「うう……」


「ああ、嘘嘘!まだ帰ったりしないから大丈夫!いっぱいいろんなとこ見ようねー」


「……シンさんはどうして子供にはこんなに弱いんでしょうか」


「だからフェルトにも優しいでしょ?」


「私は子供ではありません!!」


 結局、連絡があるかもしれないという事で、ライアスは宿に残ることになり、シンとフェルトはギルドでの滞在登録を先にしないといけないという事情からギルドへ。

 ちびっこたちはロイドとジャンヌと一緒に帝都の街を見学することになった。


「シンさん……それは子供には多すぎますよ……」


「え…だって、欲しいものがあった時にお金足りなかったら可哀そうじゃない…」


 街を見て回るという子供たちのお小遣いをジャンヌに渡そうとしていたシンがフェルトに止められる。

 受け取ったジャンヌも身体を硬直させたまま動かない。


「それだけあったら店ごと買えます……。いつの間にそんな大金手に入れてたんですか…」


 シンが渡そうとしていたのは、家族四人が数年暮らせるだけの金貨だった。


「ダミスターさんが出発の時にくれた」


「いや、そんな大金じゃなかったでしょう!?本当はどうしたんですか!?」


「――別の人に貰った」


「別の人?誰に?」


「……エルザって女の人」


「――誰ですかその女は!!」


 固まっていたジャンヌが猛然とシンに詰め寄った。


「え?あれ?何でジャンヌがそんなに?」


「良いから教えてください!!どうしてシン様が女の人からお金を貰うような事を――したんですか?」


「何を?!」


「――その、あの、何か、何かをです!!」


  ジャンヌは顔を真っ赤にしながらも、尚も詰め寄ってくる。


「シンさん、どうなんですか?」


「違う!俺は何もしてない――ことは無いな」


「やっぱり!!」


「ジャンヌ落ち着けって!」


「先生、そのエルザという方は、ファーディナントのエルザ=フォン=サンディポーロ辺境伯閣下ですね?」


 やれやれといった感じでライアスが助け舟を出す。


「おそらくは、ロバリーハートとファーディナントとの戦いが突然終わった事に先生が何らかの関与をしていて、その何らかのお礼として彼女から受け取ったというところではないでしょうか」


「ビンゴ!!ライアス凄い!!」


「ビンゴって誰ですか!!まさか別の女?!それに何らかってお礼って――やっぱり!!」


「ああー!!誰かー!!」



 ライアスの説明では疑惑?は完全には晴れず、結局は洗いざらい吐かされたシンだった。



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