第40話 決して敵対してはいけないモノ
観衆の誰も何が起こったかを理解することが出来なかった。
彼らの目には、一瞬で二人の立ち位置が入れ替わったようにしか見えなかった。
そして、その意識が勝敗の事から外れていた時――
シルヴァノと審判を務めていたシロッコは、観衆よりも信じられないものを見ていた。
「そんなことが……」
シロッコが呆然とした顔で呟く。
彼の目をもってしても、二人の動き出しはまるで反応することは出来ず、遅れて微かに剣が交錯する瞬間のみを捉えるにとどまっていた。
すれ違いざまにぶつかり合った両者の剣戟。
しかし、どちらの刃もすり抜けたかのように弾かれること無く振り抜かれた。
「世界はまだまだ広いということか……」
自らの剣に話しかけるように呟くシルヴァノ。
剣はその半ばにて綺麗に切断されていた。
彼の渾身の一撃はシンが剣で受けるよりも先に彼の身体に届いたかと思われた。
しかし、遅れて繰り出されたシンの剣は、シルヴァノの剣速を超えて追いつき、そしてほぼ二人の中心で交錯した。
シルヴァノにしてみれば、それでも力で押し切るつもりの一撃。
元より受けられたとしても、そのまま振り抜くつもりで繰り出していた。
しかし――交錯した剣から彼の腕に何の衝撃が伝わってくることも無く、彼の握っていた剣は、シンによって斬られていたのだった。
この結界内において――決して破壊されるはずのない剣が。
シルヴァノがゆっくりと振り向くと、シンは何食わぬ顔をして構えを向けていた。
それを見てシルヴァノは確信する。
彼は最初からこの剣を斬ることが出来ると分かっていたのだと、そしてそれを自分相手に実行してみせたのだと。
この帝国最強と謳われている自分を相手に。
それは剣技においては自分を上回り、魔力においてはこの結界すらも凌駕する力を秘めている事を示していた。
そして、この結界内においてすら、自分を斬り殺すことが出来るのだと。
シルヴァノは呆然としたままのシロッコに目をやる。
おそらくは彼も同じような事を考えているのだろう。
そして、剣を握っていた腕を下ろし、シロッコに首を振った。
「――ッ!そこまで!!勝者!冒険者シン!!」
そのシルヴァノの仕草に気付いたシロッコは慌てて試合の終了を告げた。
「もう終わりで良いんですか?」
歩み寄って来て握手を求めてきたシルヴァノを見てシンはそう言った。
「ああ、貴方たちの実力を見るには十分だ。まあ――底はまるで見えなかったがな」
シルヴァノはシンの差し出した手を握りながら首を傾げた。
「そちらがそう言うのでしたら私は構いませんが」
シンもシルヴァノの手を握り返しながらそう言った。
「見事な戦いであった!!」
護衛の騎士と共に近づいてきた皇帝ユリウスが芝居がかったような口調で言う。
「シン殿、此度のこと謝罪する。二人には失礼な事をしてしまった。しかし、この戦いを見れば、誰も君たちのギャバンでの功績を疑うものなどおるまい」
「そうですか?皆さん、ずっと静かですけど?」
フェルトの時からであるが、どよめきこそ聞こえてくるが、歓声はまったく上がることはない。
聞こえてきたのは、ジャンヌやちびっこたちの応援の声だけだった。
「ふふ、皆驚いて声も出ぬのよ。なにせ、シルヴァノとシロッコが立て続けに負けたのであるからな」
「直接二人と戦った我らも同じような気持ちですが」
そう言って、シルヴァノは握ったままの折れた剣を見る。
「我も似たような気持ちであることは否定せぬよ。二人ともご苦労であった」
「ハハッ!」
「ところで――シン殿。本来はギャバンでの功績を称えて褒美を遣わす予定であったが、それも今回の詫びも込めて考え直さねばならぬ。少しその時間をくれぬだろうか?」
「私は別に詫びとかいりませんよ?さっき謝っていただきましたし」
「まあ、こちらにも立場というものがあってな。わざわざ呼んだ客人に無礼を働いておいて何も無しとはいかぬのだ。どうかそこを汲んではもらえないだろうか?」
「――分かりました。では、今日のところは一旦引き上げます」
「ああ、部屋なら宮廷に手配するぞ?」
「いえ、お気持ちはありがたいのですが、ここでは子供たちが落ち着かないでしょう。それに城下で良い宿を見つけましたので、そちらにて都合が整うのを待つことにします」
「そうか、では準備が整ったら使いの者を出そう。それで良いか?」
「ええ、それで結構です。あ、その使いは警備隊隊長のティムさんにお願いします。何せ泊っているのは彼の実家がやってる宿ですので」
「警備隊隊長のティムだな。あい分かった。その者に迎えに行かすように伝えておこう」
「お願いします。では、これで帰っても大丈夫ですか?」
「ああ、ご苦労であった。帰りの馬車の支度もしておこう」
ユリウスはそう言うと、シルヴァノに城の出口まで見送るように告げた。
「陛下、ライアス師範殿たちが帰られました」
シルヴァノはユリウスにそう告げる。
ここは宮廷の奥にあるユリウスの自室。
室内には皇帝ユリウスと騎士総団長のシルヴァノだけがいた。
「そうか、ご苦労だったな。それで改めてお主の口から聞きたいのだが――あのシンという者はどうだ?」
ユリウスは部屋着のガウンを着て、寛いだ様子でベッドに座っている。
「正直――私ではあの者の力を測るには足りませんでした」
「ほお、帝国最強のお主がそこまで言うのか」
「はい、あの戦いで見せた力はその一片でしかないとしか申せません。それと――」
「何だ?何か気になることがあるのか?」
「いえ、これはシン殿が帰る際に我に言ったことなのですが……」
シルヴァノはそれをユリウスに伝えるべきが迷っていた。
「言いづらそうだな。構わぬ申せ」
シルヴァノのその態度から、あまり良い話では無いのだろうと感じたユリウスだったが、それならば余計に聞かないわけにはいかない。
「……はい。シン殿は帰り際にこう申しておりました。『自分は相手が誰であっても、護るべきものは護る。それは戦う相手が誰だとしても。なので、今回の事は水に流すけれど、次は許さないかもしれない』と、そう言っておりました」
「それを我に伝えろと?」
「いいえ、そこまでは言っておりませんでしたが……」
「お主の口から伝わるのを分かっていっておったのだな」
「おそらくは……」
「これは、今回の企みはバレていたと考えるべきだな」
「私もそう思います」
「今回のことは水に流すというのならば、とりあえず虎の尾は踏まずに済んだということか…。これはエルザに礼を言わねばならんな」
「エルザ――ファーディナントの辺境伯閣下にですか?」
「ああ、ジャレン侯爵からの報告だけだったなら、もっと無礼を働いて怒らせていたかもしれん。彼の者からの手紙が間に合って良かった」
そう言うとユリウスは近くに置いてあったグラスを手に取り、中の水で緊張で乾いた喉を潤した。
「もし聞いてよろしいのであれば――」
「ああ、構わん。エルザからの手紙には今後の大陸を襲うだろう脅威の事についての考察が書かれていた」
「大陸を襲うだろう脅威……それがシン殿だと?」
「いや、そうではない。あの者については最後に一言だけ書かれていたのだ」
そこでユリウスはシルヴァノに初めて真剣な表情を見せる。
ユリウス自身もそこに書かれていた事について、今日までは半信半疑だった。
帝国皇帝に対してのあり得ない忠告。
無礼ともとれる忠告。
しかし、今は違う。
その内容は決して誇張されたものではなかったのだとユリウスは思った。
そして、自らに言い聞かすように言った。
「何があっても決して敵にまわすな。世界が滅びるぞ――とな」
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