第39話 騎士団長シルヴァノ
「ふぇるとにいちゃん、かっこよかったよー」
シンのところへと戻ってきたフェルトに、その後ろの席にいたローラから大きな声が飛ぶ。
「かっこよかったですか?ほとんどやられっぱなしでしたけど」
「でも、さいごかったよ」
ルイスも満面の笑顔でフェルトへと声をかける。
「たまたまですよ。ほとんど負けてました」
フェルトはどうしても勝ったと胸を張って言える気分ではなかった。
「いえいえ、フェルト殿は立派に戦い――そして勝ったのです。格上相手だったのですから、この勝利は誇るべきものです」
ライアスが励ますようにそう言った。
「で、どうだった?初めて自分より強い相手と戦ってみて」
シンがそう言いながらフェルトの肩に腕を回す。
「初めてですか?シン様やライアス様と訓練してるのに?」
ジャンヌが不思議そうに言う。
「私たちとやっているのは修行――訓練ですからね。決してフェルト殿を傷付けようとはしません。でも、今回は相手がフェルト殿を本気で倒そうと向かってきました。命のやり取りにはならない条件だとしても、自分より強い相手と対峙して、全力で戦う。そういう経験は初めてなのですよ」
ライアスがシンの言葉の意図をジャンヌに説明した。
「……今になって怖いという気持ちがありますね。戦っている時はそんなに感じなかったのに」
「まあ、そんな事感じる余裕も無かっただろうから。でも、その気持ちは大事にして、戦う事とはどういうことかって、自分なりに考えてみることだね」
シンはそう言うと、訓練場の中央へと歩き出した。
「戦うとはどういうことか……いや、私は執事ですから!!普通戦いませんよ!!」
「しんさまもがんばってー」
「がんばれー」
ちびっこたちの声援とフェルトの叫びに、シンは前をを向いたままで手を軽くひらひらと振った。
「どうもお待たせしました。冒険者のシンです」
すでに待機していたシルヴァノへ挨拶をする。
「私はパルブライト帝国騎士団総団長シルヴァノと申す。先ほどはシロッコの怪我を治してくださりありがとうございます」
そう言って頭を下げるシルヴァノ。
「いえ、やったのはうちの執事ですからね。当然の事です」
「あくまでも、彼は執事だと?」
「そうですね。彼は頑固なのでそこは譲ってくれません」
「では、その主である貴方はどれほどの強さなのか興味が湧きますな」
「お手柔らかにお願いしますよ」
何気ない会話ではあるが、シルヴァノからはすでに闘気が沸き上がっていた。
「では、シン殿にルールを説明いたします」
「あ、大丈夫です。さっき言ってたの聞こえてましたから」
シロッコが説明しようとしたのだが、シンがそれを断った。
「――そうですか。では、これが試合に使う剣です」
シンは受け取った剣を確かめるように軽く振る
「シン殿、一つよろしいか?」
その様子を見ていたシルヴァノがシンにそう言った。
「その着ている服には何か付与効果があるように見えるのですが」
「ああ、そうでした。すいません、忘れていました」
ルール上、魔道具などの使用は禁止。
シンの着ているスーツには対物理、対魔法の障壁が張られている。
つまりこれも禁止ということである。
「着替えますね」
そう言うと、一瞬のうちに移動の時に着ていた布の上下の服に変わった。
「――!?」
目の前で起こったことに信じられないような顔になるシルヴァノとシロッコ。
遠目で見ていた観衆からもどよめきの声が上がる。
「これで大丈夫ですか?」
「――ああ、問題ない」
そう言ったシルヴァノの額からは汗が一筋流れ落ちた。
「では、双方距離をとって――始め!!」
シロッコが開始の合図を叫ぶ。
五メートルほどの距離を取って対峙する二人。
しかし、フェルトの時と違って、どちらも一歩も動かない。
同じように正面に剣を構える二人。
抑えきれないとばかりに闘気を発するシルヴァノに対して、シンはあくまでも自然な感じで向かい合う。
信じられない距離から回復魔法を使い、見たことも無い方法で服を着替えた。
冒険者と聞いて、勝手に剣士だと考えていたシルヴァノは考えを改める必要があった。
彼は優秀な魔導士である。
しかし、剣を構えた姿勢を見ても、かなりの剣士であることも分かる。
そして――たった今、不思議な戦い方をして見せた、フェルトの主だという。
魔法は禁止というルールではあるが、決して油断出来ない相手であることは間違いない。
おそらく、ゴブリンからギャバンを救ったというのも本当だろう。
彼らはたった三人で、数千ものゴブリンから攫われた子供たちを無傷で救出したのだ。
それを成し遂げる事がいかに困難な事であるかは、シルヴァノはそれまでの経験からも分かっていた。
ならば、すでにこの戦い自体が不要でもある。
先ほどの戦いを見ていた観衆や皇帝も、今更彼らの力を疑うことはないだろう。
そう思いながらも、シルヴァノはこの戦いを望んでいた。
帝国最強と言われ、強者との戦いが無くなって久しい彼は、この目の前にいる底知れない相手との戦いを渇望した。
そして、対峙してみて実際に感じるシンの気配。
普通に剣を構え、全く闘気を感じない立ち姿。
一見素人のように見えるが……。
シルヴァノは更に強化を強める。
シンから見える闘気は、普通の者であれば逃げ出すことも諦めるほどの威圧感がある。
しかし、シンの表情は一向に変わることなくシルヴァノの動向を伺うような姿勢を崩さない。
その様子に、シルヴァノは今日何度目かの冷や汗を流す。
両者睨み合ったまま一分ほどの時間が過ぎ、観衆からも戸惑いの声が聞こえる。
「シン様!頑張ってください!!」
ジャンヌの大きな声援が訓練場に響いた。
そして――それを合図にしたかのように、二人は同時に相手へと突撃し、誰の目にも留まらぬ速さで交錯した。
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