第38話 薄氷の勝利
シロッコが立ち上がるのを構えて待つフェルト。
しかし、シロッコが受けたダメージは予想以上に深刻なものだった。
痺れる身体を懸命に動かしながら、何とか立ち上がるシロッコだったが――
「それまで!!勝者!フェルト!!」
シルヴァノがその様子を見て試合を止めた。
おおぉ!!というどよめきが観衆から上がる。
それは、フェルトの勝利という予想していなかった結末への驚きの声。
その場のほとんどの者が二人の戦いの動きが見えてはいなかったが、一方的に攻めていたように思えたシロッコが、まさか敗北するとは思ってもいなかった。
「終わり――ですか?」
フェルトにしてみれば、ようやく反撃のターンが訪れたと思った矢先の終了の声。
どこか消化不良な思いはあった。
「ああ、これ以上の戦いに意味は無いだろう。そうだろう?シロッコ」
シルヴァノは、ようやく立ち上がったシロッコに問う。
「はい……。剣を失い、身体もいうことを聞きません。ここから私が勝つことは不可能でしょう」
そう言ったシロッコの表情は、痛みに耐えながらも微かな笑みを浮かべていた。
「そういうことだ。フェルト殿、見事な戦いだったぞ」
「……見事ですか。これが戦場であったなら、とっくに私は死んでいましたけどね」
この短時間の攻防で、躱しきれずに受けた攻撃は両手の指を遥かに超える。
傷を負う本当の戦いであれば、フェルトの動きは格段に落ち、早い段階で倒されていたのは間違いないことであった。
「そんなに自分を卑下する必要は無い。君はここのルールに従い、その範囲の中で最大限の力を発揮して勝ったのだ。それに、もし戦場で敵としてのシロッコに出会っていたとしたら君は真っ向から戦ったかね?」
「……まさか。一目散に退散してますよ」
「ハッハッハッ!!そうだろう!!だから、今回は君の勝ちだし、戦場で会っても死んでなどいないぞ!!」
どんな理屈だとフェルトは思ったが、これはシルヴァノなりの励ましなのだろうと考え――
「――ありがとうございます」
素直にその言葉を受け取ることにした。
「君は、いや――フェルト殿はいつからこの作戦を考えていたのですか?」
ゆっくりと身体を動かしながら、傍に近づいてきたシロッコ。
まだ、かなり身体を動かすのが辛いらしい。
「そうですね。最初の立ち合いでシロッコ殿に先手を打たれた後ですね」
「最初からそのつもりではなかったと?」
「ええ、最初は開始と同時に一気に決めるつもりでした」
「それは……私が簡単に倒せると侮られていた、のかな?」
「いえ、逆ですね。シロッコ殿の方が私よりも圧倒的に剣技に優れていることは分かっていました。なので、最初は余裕をもって受けに回って様子を見るのだと思っていたのです」
「ああ、でも、私から仕掛けたから――」
「ええ、しかも一撃で終わらせられそうになりました」
「そのくらいのつもりで仕掛けたからね。でも、初見であの攻撃を防いだ」
「あれは偶然か、それとも奇跡か――私にも分かりません。見えてなかったのに、身体が自然と反応していました」
「ほお……」
シルヴァノが面白いことを聞いたとばかりに薄ら笑いを浮かべる。
「でも、貴方は追撃をすぐにはしてきませんでした」
「そうだね。防がれた驚きもあったけど、貴方がどこまでやれるか見てみたくなったんですよ」
「それを見て、作戦を考え直しました」
「理由を聞いても?」
「貴方は剣技で私と戦おうとしていると思いました」
「その通りだね」
「でも、戦場などなら、脚とかも使うのでは?」
「もちろん。戦う手段は剣だけではないよ。脚も使えば魔法も使う。勝って生き残る為なら当然だね」
「しかし、今回は私の力を測るという目的がある為に、そうはしないだろうと考えました。なので、私も限界まで剣だけで戦って油断させようと思ったのです」
「あの一瞬でよくもそれだけの事を……」
「易々と負けるわけにはいかなかったので必死でしたよ」
「なるほど――そして、最後に私が勝利を確信した瞬間を突いたと」
「はい。あの間合いであの瞬間ならば、シロッコ殿の視野も狭くなるだろうと」
「ハハッ!まさにその通り。あの時、私は勝ったと思って、君へ剣を振り下ろすことしか頭になかったよ」
「間違いなく頭を狙ってくると思ったので、踏み込むときに少しだけ身体をずらして、ほんの一瞬の時間を稼ぎました」
「頭一つ分……それだけの差が、貴方の拳を私に届かせたというわけですか」
「頭で受けてたら届いてないでしょうね」
「――完敗ですよ」
「いえ、ルールに助けられました。それに、もう私の強化も限界でしたから、続けていたとしたらどうなっていたか……」
こうして、最初のフェルト対シロッコの戦いは、ギリギリのところでフェルトに軍配が上がった。
「では、次は私とシン殿の試合だな。しかし、シロッコ。その身体で審判が出来るのか?他の者に代わっても良いのだぞ?」
これほどのダメージを負うことを想定していなかった二人は、交代で審判を務める予定にしていた。
「かなりキツイですが……出来ればこの場にて団長の戦いを拝見したいと思います」
「ふむ、では辛いとは思うが――」
「ああ、それなら大丈夫だと思いますよ」
二人の会話を聞いていたフェルトがそう言ってシンの方へと目を向ける。
「あ……これは……」
次の瞬間シロッコの身体を光が包み込み、僅かな時間の後、その光はすぅっと消えていった。
「今の光は……。シロッコ!大丈夫か!?」
一瞬、思考が停止していたシルヴァノは、慌ててシロッコへと声をかける。
「痛みが……消えました」
「まさか!?回復魔法か!?」
「シンさんが治してくれたんですよ」
事も無げに言うフェルト。
「シン殿の回復魔法…?あの距離から使ったというのか?」
シルヴァノがシンの方を見る。
シンは訓練場の端で壁にもたれてこちらを見ていた。
「これは……気合いを入れ直さねばならないようだな」
シンの力の一端を見たシルヴァノの背中を冷たい汗が流れ落ちていた。
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