第37話 フェルト、本気出す

 そこからは一方的ともいえる展開となった。


 激しく攻め続けるシロッコ。


 それを被弾しながらも、致命傷となるような攻撃はギリギリのところで凌ぐフェルト。

 ダメージのある戦いであったなら、とうの昔にフェルトは敗北していただろう。


 開始から一分が過ぎた。

 試合はいつ止められてもおかしくない状況であったが、シルヴァノがそれを告げることはなかった。

 劣勢の中でも、フェルトの目は全く諦めていない、そういう意思が見て取れたからだ。


 一方のシロッコの方も、防戦一方のフェルトが何かを狙っていることを感じていた。

 それを確かめてみたい――その気持ちもあったが、だからといって手を抜くつもりはなかった。

 もし、何かあるのならば、本気で戦っている中で出せばいい。

 それすらも受け止めての完全な勝利を考えていた。


 シロッコの高速の剣は、右から来たと思えば上から。

 突きが来たと思えば横なぎにフェルトを襲い続けている。


 ダメージは無いとはいえ、シンの補助の無い状態では、フェルトの体力は減り続ける。

 その上、極限まで精神力を使い続けているフェルトは、特に消耗が激しかった。


 フェルトの強化魔法の限界時間も近づく中、一方的に攻め続けられているフェルトの勝利を観衆は誰も考えていない。

 いつシルヴァノが試合の終了を告げるか。そう皆が思っていた。


 躱しきれない攻撃がフェルトの腕を、ももを、頬をかすめる。

 その度に体勢を崩されながらも懸命に凌ぎ続ける。


 そして、シルヴァノとシロッコは徐々にその異常さに気付きはじめる。


 シルヴァノはフェルトの戦う意思を感じて試合を止めなかった。

 シロッコはフェルトが何か仕掛けてくることを感じながら戦い続けた。


 しかし、圧倒的に剣の技量の劣るフェルトが、これほどまでに粘り続けることは完全に想定外だった。


 何故、これほどまでに受け続けられる?

 何故、これほどまでに躱し続けられる?

 そして、何を狙っている?


 ダメージを感じない戦いとはいえ、体力的には消耗し続けているフェルトの動きは明らかに鈍くなっている。

 シロッコも決して手を抜いているわけではない。

 それでもシロッコの剣の直撃を受けることは無い。



 少なくとも、二人はそのような戦いの出来る人間を知らない。


 目の前で戦っている執事だと言う少年。

 二人はフェルトの存在に何か不気味なものを感じていた。



 フェルトの残された時間は少ない。

 それは戦っているシロッコも、見ているシルヴァノも感じている。


 だが、フェルトの目に宿る闘志が衰えることは一向になかった。


 このまま攻め続けていれば、フェルトの強化魔法が先に解ける。

 そうなればシロッコの勝利は確定するのだが――


 シロッコはそれを良しと思わなかった。


 フェルトの底を測りかねていたシロッコは、あくまでもその全てを出し切った上での勝利でなければいけない。そう考えている。


 しかし、次の瞬間――シロッコの剣を受け止めたフェルトの体勢が前へと崩れる。

 この試合の中でフェルトが見せた最大の隙。


 シロッコは迷うことなくその頭部へと剣を振り下ろした。


 直撃すれば、シルヴァノも試合を止めざるを得ない完璧な一撃。

 おそらくは、その衝撃でフェルトの意識を断つことにもなるだろう一撃。


 完璧なタイミングで振り下ろされた高速の剣は、観衆の目にも映らない速度でフェルトの頭を直撃――することなく、その左肩に当たった。


「グウッ!!」


 強烈な衝撃に握っていた剣が地面に落ちる。


 一歩、二歩と後ずさり、膝を突いて相手を睨みつける。


「はぁ…はぁ…。ようやく一撃入りましたね・・・」


 肩で息をしながら、睨みつけてくるシロッコを見下ろすフェルト。


「これを…狙っていたのですか……」


 シロッコの腹部を襲った、フェルトの強烈な一撃。

 決められた武器以外での攻撃はダメージを受ける仕様。

 その特殊なルールだからこそ可能な戦法。


 わざと体勢を崩した様に見せ、攻撃をもらう前提での踏み込んでの拳での一撃。

 それは、勝利を確信していたシロッコにとって、完全に意識の外からの攻撃だった。


 全身を強化していたはずのシロッコだったが、フェルトの拳から受けた衝撃は全身へ波紋のように広がり、呼吸をすることすら苦しいほどのダメージを負っていた。


 シルヴァノも試合を止めようと上げていた手をそのままに、感心したような表情でその様子を見ていた。


 フェルトは目の前に転がっていたシロッコの剣を足で遠くへと蹴り飛ばし、自分の剣も同じように投げ捨てる。


「どちらかというと、私はこちらの方が得意のようですので」


 左の拳を突き出し、腰を落として構えるフェルト。



「さあ――残り時間は少ないですが、最後までお相手お願いしますよ」



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