第35話 臣下の疑念
「陛下、お戯れはその辺にしてくださいませぬか」
立ち並ぶ貴族の中から、一人の男がそう言って前に出てくる。
「イキートス、別に余は戯れてなどおらんぞ」
イキートスと呼ばれた壮年の男は、ユリウスの言葉に眉を顰める。
「師範殿はまだしも、そのような従者風情に直接お声をかけることのどこが戯れでは無いというのですか?」
イキートスは汚らわしいものを見るような目でシンたちを見下ろす。
「失礼ですが、こちらの方たちは私の仲間でございます。決して従者としてここに来ているのではございません」
ライアスは珍しく苛立ったような口調でイキートスへと顔を向ける。
「仲間ですと?そのような奇妙な恰好の男に、ガキくさい執事。それに小汚い女、子供が仲間だと申されますか」
――小汚い女、子供だと?
シンはイキートスの言葉に軽い怒りを覚えた。
――が、その中にはフェルトへの暴言が含まれていなかったのは可哀そうである。
「やめよイキートス!!この者たちはギャバンにおいて、多くの命を救った英雄ぞ!!」
ユリウスが強くイキートスの言を諫めようとしたのだが――
「それも怪しいと私は思っております。師範殿がアッピアデスに救援を求めての事ならまだしも、このような者たちだけで万に近いゴブリンの群を殲滅し、囚われていた子供を救出したなど、そのような妄言も甚だしい話など信じられませぬ」
「ジャレンの報告が信用出来ぬと言うのか?」
「ロダーナ侯爵からの報告書はサッチ子爵からの話を受けてのもので、実際にその場にいたわけではございません。この者たちがどのような手を使ったか知りませんが、おそらくはサッチ子爵の報告に誤りがあるのでしょう。それ以外考えられませぬ」
イキートスの言葉に他の貴族からも「確かに」とか「あやしい」等の猜疑の声が上がる。
「ふむ、確かにそなたの意見も一理ある。では、お主はどうしろと言うのだ?余が直接ギャバンに出向いて確かめろと?」
「いえ、そのような恐れ多い事を申す気はございません。この者たちにその事を証明させればよろしいのです。本当にそのような事を成すことが出来るだけの力があるのかどうかを」
「ふむ……」
顎に手を当てて、考えるようなポーズを取るユリウス。
「イキートス殿でしたか、我々は皇帝陛下に呼ばれてここに参っております。その我々に対して、その態度はあまりにも礼を欠いていると思いますが?」
ライアスは立ち上がりイキートスの方へと怒りの籠った視線を送る。
本来、許可も無く皇帝の御前にて立ち上がるなどという行動は、その場で殺されてもおかしくない不敬行為ではあったが、その場の雰囲気が異常な事になっていた事もあってか、その行動がおかしなことであるとは誰も考えなかった。
「師範殿、私はあなたも疑わしいと考えておりますよ。先ほども言いましたが、本当にそのような事態の場に出くわしたのであれば、あなたならアデスへ連絡を入れるべきではないでしょうか?もしくはギャバンにある教会の者がそうするはずでしょう?しかし、あなたも協会の者もそうしなかった。何故ですか?」
「――それは、私たちだけで解決出来る問題だと考えたからです」
ギャバンにあるレギュラリティ教の教会の者も、被災した市民を救助することで手一杯になっており、シンが市民の怪我を癒した後も、ライアスの指示で亡くなった者たちの供養に奔走していた。
「ほお……。数千のゴブリンが街を襲い。多くの子供たちが連れ去られた。それをあなた方だけで対処出来る問題だとお考えになられたと?アッピアデスの師範の方がお強いのは知っておりますが、それでも国においてはよくて騎士団長クラスでしょう。――シルヴァノ騎士団長」
「はい」
イキートスがそう言うと、王座の横に立っていた白銀の鎧の大男が返事をした。
「貴方はこの帝国最強の騎士ですが、貴方なら同じことが可能でしょうか?」
シルヴァノは少し思案したのち――
「不可能だと考えます」
特に残念そうな感じもなくそう答えた。
「貴方でも、数千のゴブリンには勝てないと?」
「いいえ、ゴブリンを殲滅するだけでしたら可能です。しかし、その中にいる子供を無傷で救助しながらとなると、私一人では不可能だと思います」
――あの人、ランバート将軍より強いね。スフラとかいうおっちゃんと同じか、少し上か。
「陛下、シルヴァノ将軍の強さは十分にご存じははず。その将軍ですら出来ぬと言っているのです」
「だが、将軍は一人では無理だと言っておるぞ?この者たちは三人でギャバンに来ておったのであろう?」
「Cランクの冒険者一人と執事の子供が一人。それが加わったくらいで何が出来ましょうか」
十五歳で成人のこの世界では、十八になるフェルトは十分に大人なのだが、その見た目のせいで子供扱いされ続けている。
「――!!」
シンたちを馬鹿にされることに限界を迎えたライアスが何かを言おうとした時――
「では、どうすれば信じてもらえますか?」
ライアスの行動を遮ったのはフェルトだった。
「ふん。先ほども言ったであろう?お前たちがそのような大それた事が出来るかどうかの力を証明せよと。――シルヴァノ将軍」
「はい」
「貴殿の隊の腕に信用がおける者と、この者たちを士合わせる事は出来るか?」
「可能です」
「陛下。それで確かめるという事でいかがでしょうか?」
シンたちの意思を無視した会話が進んでいく。
「――ライアス殿。どうであろうか?お主たちを疑うような事になって申し訳ないとは思うが、ここで皆の疑念を払拭させてはもらえぬか?」
ユリウスは申し訳ないと言いつつも、イキートスの意見を簡単に飲んだようにシンには思えた。
「シンさん、受けましょう」
温厚なフェルトも、イキートスの態度は腹に据えかねられないものがあったようだ。
「先生、我々は呼ばれたから来ただけですし、そもそも帝国民では無いのですから、このまま帰っても問題はありません。――が、私もフェルト殿と同じ意見です」
ライアスにしても、尊敬するシンが侮辱されたままというのは我慢出来なかった。
「陛下――」
シンは少し考えた後――
「私と――このフェルトがそちらの騎士と戦えば信じてもらえますか?」
二人の意見を受け入れることにした。
皇帝ユリウスは、その言葉に静かにうなずいたのだった。
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