第34話 皇帝ユリウス=カイザー=ヴァングラディウス

「到着いたしました」


 馬車がゆっくりと停止すると、御者ぎょしゃがそう声をかけてきた。


 扉が外から開かれると、入り口側に座っていたライアスから降りていく。

 出迎えに来ていた騎士が、その姿を見て片膝を突いて礼を取った。


「ライアス師範殿と、そのお連れの皆さんでございましょうか?」


「はい、私がライアスです」


「わざわざお越しくださりまして、ありがとうございます。皇帝陛下も師範殿が来られるのを楽しみに待っております」


「それはそれは光栄でございます」


「それでは、我々がご案内いたしますので、ついてきていただけますでしょうか?」


「よろしくお願いいたします」


「あ、すいません――」


 騎士が立ち上がり、振り向こうとしたところでシンが声をかける。


「はい、何でしょうか?」


「子供が五人来てるんですが、一緒でも構わないでしょうか?」


「ああ、タイラー将軍からの報告にもそのように書かれていたようですので、皇帝陛下もそのことは承知いたしております。ご安心を」


 ――タイラーさん、ああ見えて細かいこと気付くんだな。



 パルブライトの城は、ロバリーハートのものの数倍はあろうかという巨大な造りをしていた。

 壁に彫られたの彫刻、廊下に何気なく飾られている花瓶、大理石のようなもので敷き詰められている床――どれ一つとっても、この城を上回るものがこの大陸にあるとは思えないものだった。


「今日はフェルト落ち着いてるね。もっと緊張してるかと思ってたのに」


 シンは普段と変わりない表情で歩いているフェルトを不思議に思った。


「そう――ですね。自分でも不思議です」


 少し前のフェルトなら、そもそも皇帝との謁見など死んでもお断りしたい案件だったはずだ。


「アデスの時みたいになるかと期待してたのに」


「……期待に沿えなくてすいませんね。でも、それならライアスさんだって、こういうところは初めてなんでしょう?どうしてそんなに落ち着いているんですか?」


 ライアスも普段と全く変化が無いように見える。


「人にはそれぞれの立場や階級が存在します。しかし、どれだけの人であっても、神の前では皆一人の人間なのです。そこに上下も貴賤もありません。人と人が会う、ただそれだけの事」


「ライアスが急に宗教家みないなことを言い出した……」


「先生……私はレギュラリティ教の信徒ですが……」


 とても珍しいライアスのツッコミにロイドとジャンヌも笑う。


「こうしてみると、誰も緊張してない…のか?ちびっこたちはむしろテンション上がってるみたいだし――」


 馬車を降りてからずっと、「わー」とか「おー」とか言いながらきょろきょろしっぱなしの三人。


「私は…皇帝陛下に失礼な態度をとってしまわないかと考えて少し緊張してます。でも、今回はおまけで付いてきているだけですから。その分、気が楽なのかもしれません」


 と、ロイド。


「私はむしろ楽しみにしていたんです!普通に暮らしていたら、一生かかっても皇帝陛下に会うどころか、城の中に入る機会すらありませんから!」


 ――と、ジャンヌ。


 ロイドが若干緊張しているとは言っているが、市民が皇帝との謁見という一大イベントを前にしてと考えると、それは無いに等しいものだと言えるだろう。


「……実は俺、結構緊――」


「それはありえません」


 そんな会話をしながら、賑やかに一行は皇帝の待つ謁見の間へと向かったのだった。



「ライアス師範様、そのご一行様ご入場!!」


 仰々しい合図で巨大な扉が開かれる。


 真紅の絨毯が真っすぐに伸びた先、そこから数段高い位置、この城の豪華さに相応しい立派な王座に座る人物。


 在位十二年にして、今年三十歳を迎える若々しい皇帝。

 若くして皇帝の座に就いたこの者こそが、その才覚で眩しいまでの未来を照らし続けるこの国の皇帝――パルブライト帝国第八十八代皇帝ユリウス=カイザー=ヴァングラディウスである。


 シンは謁見の間に入った瞬間にユリウスからの強い視線を感じた。

 それがライアスにではなく、自分に対してであることに違和感を覚えた。


 絨毯の上をゆっくりと皇帝へと向かって歩いて行く。

 その間もユリウスの視線はシンを捕らえたままだった。


 シンたち一同は、途中で案内の騎士に教わった作法に則り、皇帝の御前にて止まり、膝を突いて頭を垂れた。


「レギュラリティ教アッピアデスが師範、ライアスでございます。この度は皇帝陛下よりの招集を受けまして、ここに参じました」


 ライアスがそう挨拶をすると、ユリウスは立ち上がり一同へと近づく。

 近衛の者がそれを止めようとしたが、ユリウスはそれを手で制すと、それ以上は何も言うことはなかった。


「ライアス殿。それと、他の者も頭を上げよ。この度は私の我儘で皆に礼を言うためにわざわざ来てもらったのだ。招集などというつもりは毛頭ありはせぬ」


 一同が顔を上げると、ユリウスは自分たちのすぐ傍まで来ていた。


 大国の皇帝が初対面の者に対して、これほどの接近をすることなど異例である。

 周囲で見守る貴族や近衛の兵たちも動揺が顔に出ていた。


「幼い子供もいるのだ。もう少し気を楽にしてもらいたい。――シン殿もそうは思わぬか?」


 突然自分に話を振られたシンは、内心の驚きを表情に出さないように努める。


「――皇帝陛下のご温情に感謝いたします」


 とりあえず、そう繕った。


 ――こいつ、何を企んでんだ?


 一見すると人の良さそうな微笑みを見せるユリウス。

 しかし、それを素直に受け取ることはどうしてもシンには出来なかった。



 彼は皇帝。

 魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする政治の世界を統べる王なのだから。



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