第33話 謁見の朝
翌朝、部屋に運ばれてきた朝食を食べ終わって少しすると、宿のボーイがティムが来たことを告げてきた。
シンはライアスと共にフロントまで降りていく。
「おはようございます。昨晩はゆっくりと休めましたでしょうか?」
今日のティムも、昨日と変わらず丁寧な口調で接してくる。
――これは高級ホテルの息子としての習慣だったんだな。
この世界にホテルなどというものは存在していないが、シンの感覚では、ここは宿屋という概念のものではなかった。
今は兵士をしているが、おそらくは幼い頃から教えられていた接客マナーが染みついているのだろうとシンは思った。
「ええ、ティム殿のおかげで、ひさしぶりにベッドで寝ることが出来ました。ありがとうございます」
「そう言ってもらえて光栄です。父もまさかレギュラリティ教の師範様がお泊りになられることがあるとは思ってもおらず、昨日は大喜びしておりました。これでしばらくは跡を継げとうるさく言ってくることはないでしょう」
「なるほど、私たちもお役に立てていたのですね」
ティムのライアスへの接し方は、昨日のような畏まった感じはなかった。
どうやら、私服でいるライアスだと普通に話すことが出来るようだ。
「表に城から迎えの馬車が待機しております。ご準備が出来ましたらお声かけください」
「準備はほぼ出来ていますので、少しだけお待ちいただけますか?」
ライアスはそうティムに断りをいれて、他の皆を呼びに部屋へと戻っていった。
「あの、失礼ですが……」
その場に残されたシンとティム。
ティムはおずおずとシンへと話しかける。
「シン様はどのような立場におられる方なのでしょうか?」
ティムが聞いていたのは、レギュラリティ教師範とその一行。
ということは、一番偉いのはライアスということになる。
しかし、そのライアスはシンの事を先生と呼んでいた。
それをティムが不思議に思うのも当然の事だった。
「私はただの冒険者ですよ」
――何の仕事もしてませんけど。
「ただの冒険者?」
「はい、門番の方にも言いましたけど、聞いてませんか?」
「すいません…ライアス様の事があまりにも大きな話でしたので……」
そりゃそうかとシンは思う。
「私はただのC級冒険者です。ライアスとは縁あって共に行動をとっているだけですよ」
「そうですか……しかし、レギュラリティ教の師範様に先生と呼ばれる方がただの冒険者……そういう事にしておきましょう。私が知るには荷が重そうです」
――いや、本当にただの冒険者だから。
「お待たせしました」
二人がそんな話をしていると、ライアスが他の者を連れて降りてきた。
今日のライアスはローブを着ることなく、レギュラリティ教の正装をしている為、その姿を見たロビーにいた人たちからどよめきが起こった。
フェルトは執事服に身を包み、ロイドをはじめとした子供たちも、ギャバンを出る時にシンから買ってもらっていたスーツと可愛らしいドレスを着ていた。
「うん、みんな似合ってるよ」
子供たちの姿を見てシンがその事を褒めると、ちびっこたちは喜んではしゃぎ、ロイドは照れ臭そうにお礼を言い、ジャンヌは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「じゃあ、行こう――」
「待ってください。シンさんはその恰好で行くつもりですか?」
「ああ――忘れてた」
シンは寝間着代わりに使っているシャツと短パン姿のままだった。
「陛下が用意してくれた服があるでしょう?」
「うーん、あれはどうも俺の趣味に合わないんだよね」
そう言ったかと思うと、一瞬のうちにスーツ姿に変わっているシン。
「やっぱり、俺はこのデザインのスーツが好きなんだよね」
紺のスーツの上下に黒の靴下と革靴。白のワイシャツにワインレッドに黄色のラインの入ったネクタイ。
それは、ロバリーハートに来た時に最初に身に着けた服装。
「偉い人に会う時はきちんとした服装は大事」
「私から見たら、それも変わった服装なんですけどねえ…」
「しんさまかっこいー」
「「かっこいー」」
「ありがとう」
その一部始終を近くで見ていたティム。
「ティムさん。じゃあ、行きましょうか」
「……一瞬で服が変わった?そんな魔法が?それに、陛下が準備した服?」
「ティム殿?」
何やらぶつぶつ言っているティムにライアスが声をかける。
「あ!いえ、すいません。――で、では参りましょう。ライアス師範様!シン冒険者様!」
「冒険者様!?ティムさん落ち着いて――というか、何を慌ててるんですか?」
「すいません…。少々お待ちいただけますか?すぐに全て忘れますので」
「急に何を言ってるんですか!?」
「やはり、私のようなものが引き受けてはいけなかったんだ…気軽に自分のところの宿などにお泊めしてはいけなかった……忘れろ…私は何も見てないし聞いていない…何も……」
「ティムさんしっかりして!!」
この後、馬車にシンたちが乗り込むまでの間、ティムが一切シンたちの顔を見ることはなかった。
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