第30話 鬼ごっこ
「ローラちゃん!みてみてー!あのおはなきれいだよー!」
「どこー?」
「ほら、二人とも、あんまり乗り出したら危ないわよ」
馬車の荷台から身を乗り出そうとしているローラとミア。
そして、それを諫めているジャンヌ。
二頭の馬が引く十人乗りの馬車を改造して、
「賑やかですね…」
「だろ?やっぱり旅は楽しくなきゃね」
「私個人としては、ギャバンまではあまり楽しい旅ではなかった気がしますが?」
「え?修行とか、魔物退治とか楽しかったでしょ?」
「……私を何だとおもってます?」
「俺の筆頭執事でしょ?」
「それが分かっているのでしたら良いです……」
そんな会話をライアスとロイドは笑いを堪えながら聞いていた。
ルイスは一人、少し前から夢の中だ。
ほとんど揺れの無い馬車での移動は、春の麗らかな日差しも味方して、幼い子供が睡魔に抗うのは難しかった。
「寝る子は育つって言うしね」
「はい?何か言いました?」
「いいや、独り言」
「そうですか……。あ、そろそろお昼にしませんか?その先にちょうど良さそうな場所が見えてきましたし」
街道沿いに小さな川が見えてきた。
「あそこで水も調達しておきたいですし」
「了解。じゃあそれでお願い」
「……ごはん?」
ルイスがその言葉に反応して頭を上げた。
「もう少しだからね」
「……はーい」
シンの言葉を理解したのか微妙な感じだが、ルイスはその返事と同時に夢の中へと戻っていった。
「じゃあ、シンさん。お願いします」
「はいよっ」
そう言うと、空間収納の中からテーブルや椅子を次々と出して河原に並べていく。
「ジャンヌ、これ並べてくれる?」
「あ、俺も手伝います」
渡された皿をジャンヌとロイドがそれぞれの席に手慣れた手つきで配っていく。
ちびっこ組はすでに座り慣れたポジションで待機済みだ。
いつの間にか寸胴の鍋がテーブルに置かれ、フェルトがその中のスープを器に注いでいく。
温かそうな湯気が上るスープがちびっこたちの前に置かれると、口をつけようとしたルイスがローラに叱られていた。
シンがテーブルを回りながら、それぞれの皿にパンとソーセージを置いていき、ライアスが柑橘を搾って作った飲み物を配っていた。
「じゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
そうして、いつものように食事が始まった。
「本当に不思議ですね……」
パンをじっと見ながらライアスが呟く。
「どうしたの?」
「いえ、今更ではあるのですが――街を出て三日。それでもこのパンは焼き立てのままなんですね」
「まあ、焼き立てのを持ってきたからね」
シンは当然だろ?といった感じだ。
「それだけではなくて、スープも温かいままです」
「スープは多少冷めていくから、出すときに少し温めてるけどね」
「先生の空間収納の中はどうなっているんですか?アデスを出てからギャバンまでは、荷物と干し肉とかの保存食しか出し入れしているのを見たことがなかったので気付きませんでした」
「ああ、あの時はフェルトの修行を兼ねてたから、その方が雰囲気出るかと思って」
その言葉にフェルトが反応する。
「ライアスさん!本当にシンさんは酷いんですよ!空間収納の中は時間が止まってるから、いつでもちゃんとした食事をすることが出来たのに!ロバリーハートから持ってきた食料もまだ残ってるはずです!」
「時間が止まっている?そんなことが可能なのか……」
ライアスが真剣な表情で考え込む。
「んー。正確には止まっているんじゃなくて、この世界とは時間の流れが違う空間と繋がっているんだけどね」
「いえ、それでも十分にとんでもない話をしているのに変わりはないんですが……」
「ほら、俺自体が、そもそも違う世界から来てるんだから、そんなにおかしなことでも無いでしょ?」
「シンさんはその存在自体が一番おかしな事だと自覚してください」
「確かに。先生の事を考えたら、これくらい大したことではないのか……」
「二人とも酷いよね?」
「これが世間の評価だと思ってください」
「あうっ……」
そうして、楽しいお昼ご飯の時間が過ぎていった。
「せっかくいい天気だから、少しここでゆっくりしてから出発しようか?」
シンの提案に大喜びのちびっこ組。
「良いですね。では、私は川で魚でも捕ってきます」
「ライアス、それなら釣り竿用意するよ」
「いえ、修行を兼ねて、素手で捕らえたいと思います」
「……そっか、うん、頑張って」
「はい!」
そういうと、裸足で川の中へ入っていくライアス。
――漫画で読んだ修行って本当にあるんだな……。
「しんさま、しんさまー」
そう言いながらシンの袖を引くのは、ロイドの妹のローラ。
「どうしたの?それと様は止めようねー」
「なんでー?しんさまはしんさまだよねー?」
「「しんさまー」」
一緒にいたルイスとミアも同意する。
――まあ…意味が分かって使ってるわけじゃなさそうだし・・・。
「…それでどうしたの?」
「しんさまー。いつものおにごっこやろー」
「「やろー」」
それはいつも広場でやっていた遊びである。
「休憩しなくて良いの?まだ先は長いよ?」
「「あそびたーい」」
考えてみれば、ギャバンを出てからも身体強化をかけ続けていた為、子供たちに疲れは全く無い。
「じゃあ、今日はちょっと違う鬼ごっこしようか?ジャンヌとロイドも一緒に来て」
そう言うと、シンは少し離れた場所に移動して、地面に直径十メートルほどの円を描いた。
『
そう唱えると、地面から五十センチほどの身長の小さなゴーレムが現れた。
「このこかわいいー」
そのずんぐりとした体形のゴーレムを見てローラが抱き着く。
「はい、今日はこの子が鬼役をやります。この子に触られないように、この円の中を逃げてください」
「えっと、私もやるんですか?」
ロイドは子供たちと一緒に遊ぶことに戸惑っていた。
「うん、これも修行だと思ってやってみて」
「はあ……」
「シン様!これは、いつもみたいに全力でやれば良いんですか?」
ジャンヌは何度も子供たちとやっていたので抵抗は無いどころか、やる気満々の様子。
「そうだね。みんなもいつもみたいに思いっきりやらないと、すぐに捕まっちゃうぞ」
「「はーい」」
「それと、ジャンヌは様を付けるのをやめるように」
「善処します!!」
「いや、対処して……」
「……全力で?鬼ごっこ?」
ロイドはその意味がイマイチ理解出来ていないようだ。
「じゃあ、スタート!!」
シンの掛け声と共に、子供たちが一斉にゴーレムから距離を取った。
「え!?」
その子供たちのあまりにも素早い動きに一瞬気を取られたロイド。
次の瞬間には、目の前…よりは下の方にゴーレムがいた。
「あ――」
「はい、ロイドアウトー。触られた人は円から出てね」
あっという間にゴーレムにタッチされてしまったロイドは、訳が分からないまま退場となった。
ゴーレムは次の標的を探すべく、他の子供たちへと走っていく。
子供たちはそれぞれに走ったり飛んだり躱したりしながら、ゴーレムのタッチを避けていた。
「シンさん」
鬼ごっこを見守っていたシンにフェルトが声をかけてきた。
「ん?フェルトも混ざりたいの?」
「いえ、ご遠慮いたします。そうではなくてですね」
そう言うとフェルトは子供たちの方へと目を向ける。
「これはやりすぎではないかと、私は思うのですよ……」
「そう?成長期には適度な運動をした方が良いらしいよ?」
「適度――ですか?これ?」
鬼ごっこをしている子どもたち。
大人顔負けのスピードで走って、空中で回転しながら飛び越して、残像が見えるのではと思うほどの体捌きでゴーレムのタッチを躱している子どもたち。
鍛える前のフェルトだったら、その動きを目で追う事さえ不可能だっただろう。
真っ先に退場したロイドも信じられないものを見るような目で、自分の幼い妹の動きを見ていた。
「やはり――シンさんは自分のおかしさを早く自覚するべきだと思います」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます