第29話 新しい家族

 ロイドにしてみれば、突然現れた強面のおじさん。

 その人に騎士団に入れと言われても、意味が分からなかった。


「ロイド君、この方は先日ギャバンに来られた兵士の方をまとめていらっしゃるタイラー将軍です」


 フェルトが丁寧にタイラーを紹介する。


「将軍も名乗りもせずにいきなりそんなことを言ったら、ロイド君がこういう反応になるのも仕方ないでしょう」

「はははははっ!!すまなかったな少年!いや、ロイド!私はパルブライト帝国騎士団、第三騎士団所属のタイラーと申す者。一応、将軍などと大層な肩書がついてはいるが、そんなもの気にしなくて良いぞ!」

「それを気にしなければ、将軍が山賊扱いされても文句言えないですよ」


 なかなかに痛烈な言葉を浴びせかけるフェルト。


「ん?そんなに私の顔は山賊のように見えるか?」


 そう言われてもピンとこないタイラー。


「むしろ、山賊が将軍を名乗っているみたいです。特にその髭は剃った方が人間らしいですよ」


 フェルトの追撃!!


「妻にはこの髭が好きと言われて結婚したから、一生この髭を剃るつもりはないぞ」


 しかしタイラーにダメージを与えることは出来なかった!!


「……ロイド君、こんな人でも将軍になれるのです。あなたも精進を続ければ立派な騎士になれると思いますよ」

「はははははっ!!そうだぞロイド!!こんな私でも将軍になれたのだ!!」

「本当に、帝国の上層部は何を考えているんでしょうね……」

「それでどうだ!!すぐにでも入団の手続きは出来るぞ?」


 将軍になることへのハードルが下がる一方で、騎士団への信頼も同じく下がった気がするフェルトだった。


「お断りします」

「「え!?」」


 驚きの声を上げたのはフェルトとタイラー。

 ライアスは予想していたかのように頷いている。


「いや!ロイド君!?将軍のことは一先ず置いておいたとしても、これは君にとって非常に良い話なんですよ?」

「そうだ!私のことは置いておいて……ん?」

「妹さんの事もありますし、もう少し慎重に考えてから返事をしても良いのでは?」

「いえ、本当にありがたいお話だということは承知しております。それでも私は騎士団に行くつもりはありません」


 しっかりとした表情でそう言ったロイドには迷いは無いように思えた。


「――ふむ。ロイドよ、お前は何か目指すものが他にあるのだな?」


 ロイドの表情にそう感じたタイラー。


「はい。私はこれからもフェルトさんにいろいろと教わりたいと思っています」

「ええ!?」


 それに驚きの声を上げるフェルト。


「ほお――」

「いやいや!ロイド君!?私たちは明日にはこの街を出るんですよ!?」

「それは知っています」

「まさか一緒に来るというのですか!?……それは――私としても、こんな中途半端なところで放り出すのは忍びないとは思っていますが。私はあくまでもシンさんの従者です。私の一存でどうこう出来る話ではありません。それに幼い妹さんもいることですし……」


 フェルトは本来は執事である。

 他の者にどう見えていようとも、執事であるという誇りを持っている。


 なので、ロイドを鍛えるということは完全にその職務から外れている行為ではあるのだが、自分に出来ることであるならばと、絆されたという感情に近い気持ちで相手をしていた。


 しかし、この短い期間ではあるが、真面目に修行に取り組むロイドに、いつの間にかそれとは違う感情を持ち始めていた。

 ロイドがついてきたいというのであれば、フェルト自身は構わないのではないか?そう思うほどには親しみを覚えている。


 だが、あくまでもシンの執事であるフェルトが自分からそんなことを言い出して主を困らせるわけにはいかなかった。

 そんな複雑な思いでいたのだが――


「大丈夫です。シンさんには了解をもらいました。というより、シンさんの方から一緒に来ないかと誘われました。もちろん妹も一緒です」


 全ては杞憂に終わったのだ。




「シンさん!!どういうことですか!?」

「おう!?」


 物凄い剣幕でシンに迫ってくるフェルト。

 シンもさすがにその迫力に後ずさる。


「どうどうどう」

「そんなんで落ち着かせようとしても無駄ですよ!!」

「とりあえず、座って話をしようか」


 そういって近くの椅子をフェルトの前へ持っていく。


「何をそんなに怒ってんの?」

「とぼけないでください!分かってるんでしょう?」


 分からないはずがないとロイドは思っている。

 逆に分からなければ、他にどれだけ隠し事をしているのか不安になる。


「ん―。ロイドのことかな?」

「そうです!!」

「よし!!」

「よし!!じゃないです!!まさか他にも何か――」

「えっと、ロイドの話をしようか?」

「……まあ、良いでしょう。ロイド兄妹を連れていくのは本当ですか?」

「本当だよ。この間誘ったらオーケーって言ってたから」

「……シンさんがそう決めたのでしたら、従者である私が文句を言う訳にはいきませんが……せめて一言言ってくれれば」

「イッツ、サプラーイズ!!」

「そんなサプライズはいりません!!」

「え?フェルトはロイドが一緒だと嬉しくないの?」

「え、いや、嬉しいとか嬉しくないとか……」

「ロイドが一緒だとフェルトが喜ぶかと思ったんだけど?」

「………」


 無言で俯いてしまうフェルト。


「フフフ、先生、フェルト殿をいじめるのはそのあたりにしましょう」

 それまで二人の様子をずっと見ていたライアスだったが、とうとう笑いを堪えきれなくなったようで、ロイドに助け船を出した。


「……ライアスさんもこの事を知ってましたね?」

 恨めしそうな顔でライアスを睨むフェルト。


「いえいえ、私も知りませんでしたよ。ただ、そうなるのではないかと考えていただけで」

「……?そんな気配ありました?」

「まあ、フェルト殿はロイド殿との修行に集中してたので気付かなかったのでしょうね」


 この一週間を思い返してみるフェルトだったが、シンの行動におかしなことは無かったように思えた。

 修行の間は、ローラたちの面倒を見てくれてはいたが…それだけだ。


「明日は帝都に向けて出発だし、この話はこの辺にして準備しないとね」


 何となく納得がいかないフェルトだったが、ロイドが一緒に来るというのは内心嬉しいことであった。


「……分かりました」


 フェルトにとって悪い話ではなかったので、これ以上は特に文句も無かった。


 しかし、翌朝――出発する頃になって、ライアスの言った言葉の意味を知ることになる。




「シンさん……これ、説明してもらえますよね?」


 フェルトは予想していなかった出来事に呆然としたままシンに問いかけた。


「ん?こちら、ロイド君と妹のローラちゃん」

「それは知ってます……聞いているのはその後ろです」


 旅支度を整えているロイドとローラ。

 そしてその後ろには――


「フェルトも知ってるでしょ?その女の子がジャンヌ。あと、小さい子はローラちゃんの友達のルイス君とミアちゃん」


 その少女はシンに助けられ、シンになりたいとまで言っていたジャンヌ。それと、ロイドが修行をしている時にローラと一緒に応援していたルイスとミア。


「まさか、その子たちも――」


 三人もロイドたちと同じく旅支度万端である。


「一緒に行きまーす!」

「じゃ、ないですよ!!何でこうなったんですか!?」

「いや、ジャンヌは一緒に行きたいって言うし、ローラは二人と離れたくないって泣くし……」

「だからって危険でしょう!?これから私たちは皇帝に会いに行くんですよ?」

「大丈夫、大丈夫。いざとなったらみんな連れて逃げれば良いから」

「この人は本当に……」

「フェルト殿落ち着きましょう」


 冷静なライアスがフェルトの肩に手を置いてなだめる。


「ライアスさんはこの事を……」

「知りませんでしたよ。でも、彼女たちのことがあったので、ロイド殿たちが同行することを察していたのですよ」

「え?」

 ライアスの言っている意味が分からないフェルト。


「思い出してください。あなたたちが修行をしていた時に、先生が何をしていたのか」

「シンさんが何を…していたか?……奥の方で子供たちと遊んでいただけ――あ!!」

「そうです。この子たちはあの場所で先生と一緒に遊んでいた子たちです。あの時から準備していたようでしたので、私は多分こうなるのだろうと思っていたのです」

「嘘……でしょ?」


 フェルトはゆっくりとシンの方に目をやる。


「この一週間、鬼ごっこしながらじっくりと鍛えたから大丈夫!!」

「強化魔法使って遊んでたのかー!!」

「ぴんぽーん」

「見た感じ、ロイド殿以外の四人もかなりの魔力を有しているようですね。これなら帝都につくころにはアデスに入ってもおかしくないレベルになっているでしょう」

「一気にそんな子供が五人も……」

「これで賑やかな旅になるね」


 あくまでも気楽な感じのシン。


「はぁ……」



 こうしてフェルトの悩みの種は増えていくのだった。



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