第28話 帝国騎士団
「ライアス殿ご無沙汰しております」
「一週間ぶりですから、ご無沙汰という程でもないですが」
ライアスよりもかなり身長の高いタイラーが、見下ろすように挨拶をしてくる。
「そうでしたか?どうもバタバタと忙しかったもので、もっと時間が経っているような気がしておりました」
そう言うと――はははははっ!!と豪快に笑った。
「それはそうと、今日はライアス殿も見学ですか?」
「はい。ここ最近は私も彼らの訓練を見させてもらっています」
「師範殿が見学となれば、彼も緊張してしまいそうですなあ」
「いえ、ロイド殿の集中力は相当なものですよ。私が見ていることなんて頭の中から消えているでしょう」
そう言われて、タイラーはフェルトと打ち合っているロイドに目をやる。
両手で握った木剣をフェルトに向かって打ち込む。
フェルトはそれを受け止め、ロイドの剣を弾き返す。
ロイドは弾かれた勢いで後方に下がるが、自らも後方へ跳ぶことで体勢を整える。
「前に見た時もスジが良いと思いましたが――見違えましたな」
「まだこれからですよ」
ライアスは二人の動きから視線を外すことなくそう言った。
再びロイドがフェルトとの距離を詰めて、今度はその勢いのままフェルトの胴体を狙って突きを繰り出した。
フェルトは身体をひねってそれを躱す。
それと同時にロイドの頭部を狙って片手上段から剣を振り下ろした。
一週間前との違いは、フェルトがロイドの動きに合わせて攻撃をしている事。
ロイドは突きを躱され、その攻撃が来る事を予測していたのだろう。
身体を沈みこませると同時に突き出していた剣を上に向けてフェルトの剣を受け止める。
そして、その勢いを受け流すように体を回転させると、フェルトの剣はロイドの身体の横を抜け、地面を打ち――そのまま突き刺さった。
完全に攻撃を受け流されたフェルトは、体制を崩されて無防備な
その隙を狙うように、ロイドが回転の勢いのまま、フェルトの横腹を狙って剣を振り抜いた。
カーン!!
木剣同士がぶつかり合った乾いた音が響いた。
確実に当たったと思われたロイドの剣が打ったのは、フェルトが地面へと打ち込んだはずの木剣。
地面に突き刺さっていた木剣はそのまま抵抗なく飛ばされていったが、そこにフェルトの姿は無かった。
「ここまでです」
フェルトの声がロイドの耳元で聞こえた。
ロイドの首筋にはフェルトの手が後ろから掴むように添えられていた。
「……え?」
頭の中が混乱するロイド。
当たったと思った剣は、突然姿を消したフェルトの剣を打ち、そのフェルトは自分の背後にいる。
「今のはかなり良い動きでしたね。合格と言って良いでしょう」
そんなフェルトの言葉で喜べる状況ではないロイド。
パチパチパチパチ!!
「見事だ少年!!」
大きな拍手をしながら豪快な声の大男がいつの間にか近くに立っていた。
「その歳でそれだけの動きの出来る者など、大陸中探したとしても、どれほどもおらんだろう!」
「え……えっと……」
混乱しているところに、追い打ちをかけるように現れた見知らぬ大男。
ロイドはどうして良いのか、何を言えば良いのか――
「ありがとう…ございます?」
とりあえず、そんなことしか言えなかった。
「ロイド殿、フェルト殿の姿が消えたように見えましたか?」
「……はい。俺の剣が当たったと思った瞬間、フェルトさんが消えました…。それでいつの間にか後ろにいて……まるで魔法みたいに……」
「フェルト殿、種明かしをしてあげてください」
「種明かしってほどのことではないですよ。離れて見てた人には一目瞭然ですから」
「離れていた人には……あ!!上ですか!?」
「ほお、今ので分かったのか?やはり優秀だな!!」
「正解です。私は剣を受け流された後、体勢を崩した様に見せれば、あなたが間合いを更に詰めてくると考えました。ですから、近づきすぎて視野が狭くなったのを利用して、地面に刺した剣を土台にあなたの頭上を越えさせてもらったんです」
簡単そうに言うフェルトだったが、ロイドにはその動きの凄さが十分に伝わっていた。
「フェルトさん……全身に鳥肌が立ったんですけど……」
「それはあなたが、それなりの強さのレベルに至ったということですよ」
「そうだ!相手の強さを感じ取ることも強者に必要なことだぞ!!それに、少年は剣を握って間もないひよっこのようなもの!十分に誇って良い戦いだった!!」
「そう…なんですか?」
そう言われても、ロイドが感じたのは、フェルトとのあまりにも離れた力の差であった。
見た目は戦えていたように見えたかもしれないが、実際は全てフェルトの想定通りの事だったのだとロイドは理解していた。
「ところで――」
納得のいかない顔をしているロイドをそのままに、タイラーが話を変える。
「あれは……何ですか?」
タイラーはフェルトたちのずっと後ろに視線を送る。
そこには、楽しそうに走り回っている数人の子供と――それに混じってはしゃいでいるシンの姿があった。
「ああ……あれはですね……なんて言ったら良いんですかね」
聞かれたフェルトは言葉に困る。
「シン殿の気晴らし的なものですかな?」
「いえ、先生には先生の考えがあっての事です。今は言えませんが、そのうちお分かりいただけるかと」
「はあ……」
あの遊んでいるようにしか見えないことに、何か意味があるのか……。
タイラーはどれだけ考えようとも答えが出る気がしなかった。
「まあ、シン殿の考えることですから、我々には簡単に理解は出来ないのかもしれませんな」
シンだから――とりあえず、そういうことにして考えるのを諦めた。
「おっと、また用事を忘れるところでした」
前回の事があるので、フェルトとライアスは嫌な予感がした。
「先生に御用ですか?」
「いやいや、今日は違いますよ」
「では、私でしょうか?」
「いえ、ライアス殿でもなくて――私が話があるのは」
そう言うとロイドの方へ向き――
「少年!どうだ?帝国騎士団に来ないか?」
「――え!?」
ただの勧誘だった。
「これは……」
この突然の勧誘に、フェルトとライアスも驚く。
「お主なら、将来必ず将軍になることが出来るだろう!!それだけの器だと私は見たのだ!!」
「俺が……将軍……」
「ああ!!どうだ?私が推薦すれば、すぐにでも入団出来るぞ?もちろん、給金もそれなりに出るから、生活面も何の不自由もないことを保証する!妹がいるのであれば、一緒に住むことも問題ない!!」
まさに至れり尽くせりの話。
「フェルト殿も直にこの街を出るのであろう?その後も強くなりたいのであれば、騎士団に来るのが一番だと思うぞ?あそこならば、お主が求める強さを追うことが出来るだろう」
タイラーはどうあっても、ロイドを騎士団へ連れていきたい。
たった二度しかロイドを見ていなかったが、その動きと成長を見て惚れこんでしまっていた。
「どうだ?良い話だと思うのだが」
強面に笑みを浮かべてロイドの顔を覗き込む大男。
知らない人が見たら、子供が絡まれているようにしか見えない光景。
「あの……一つ良いですか?」
ロイドはおずおずとした態度で言う。
「ああ!希望があるなら何でも言ってくれ!!私に出来ることなら何でも良いぞ!!」
「いや、そういうのじゃなくてですね……」
「ん?では何だ?」
「おじさんは――誰なんですか?」
これは――自己紹介は大事だなというお話。
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