第27話 皇帝の誘い

 更に一週間が過ぎた。


 手作業で行われていた崩れた家屋の瓦礫の撤去作業はほぼ終了し、全焼した建物はシンが魔法で片づけた。

 そうして更地になった場所が街中の至る所に作られ、少し前まで賑やかだったギャバンの街並みは遥か過去の事のように思えた。


「シン殿、ここにおられましたか」


 顔中が髭に覆われた大男が街外れの更地になった広場にいたシンに話しかけてきた。


「ああ、タイラー将軍」


 彼は、帝都から送られてきた兵士たちをまとめているタイラー。

 二メートルを超える長身と髭だらけのその風貌は、戦場では絶対に出会いたくないと思わせる威圧感があった。


「何か私に御用ですか?」


「いや、用があってという訳ではないのです。街を巡回中にたまたま通りかかったら、お姿をお見掛けしましたので声をかけさせていただきました」


 タイラーは強面な見た目に反して、人懐こそうな笑顔を浮かべる。


「ほお――あれが例の少年ですか」


 タイラーの視線の先には、木剣を懸命に振り回す少年――ロイドの姿があった。


「躱された後にバランスが崩れすぎです。もう少し下半身を意識してください」


 そのロイドと同じように木剣を持って相手しているのはフェルト。


「はい!」


 ロイドはフェルトの言葉に元気よく返事をして、再びフェルトへと向かっていく。


「おにいちゃんがんばれー」


「がんばれー」


 離れたところで両手を振り回してロイドを応援している少女が妹のローラ。

 ローラの隣では同じような背格好の男の子と女の子も応援している。

 まだ七歳の少女は、友達と思われる二人と一緒に、必死に立ち向かっている兄を無邪気に応援していた。



「あの少年――なかなか筋が良さそうに思えますな。とても剣を握って数日とは思えない剣筋ですが……」


「そうですね。今から鍛えていったら相当な剣士になると思いますよ」


「――成程」


 タイラーは少し何か考えたあと――


「その相手をしているフェルト殿は、あの若さにしてすでにかなりな腕前ですな。一度手合わせをお願いしたいくらいです」


「いやいや、まだ将軍には敵いませんよ」


「まだ――ですか」


「まだ――今は、です」


「ふ、はははははっ!!」


 そう言って二人は見合って笑った。



「じゃあ、今日はこの辺にしておきましょう」


「ええー!!」


 フェルトの言葉に不満そうに声を上げるロイド。


「疲れは感じてないでしょうけど、十分にやりましたよ」


 フェルトがそう言って空を見ると、すでに日は西の空に傾き始めていた。


「あれ?もうこんな時間?」


「時間が経つのを感じないくらい集中していたということですね。妹さんたちを起こしてあげてください」


 ローラたちは途中から応援に飽きたようで、三人仲良く眠っていた。


「じゃあ、フェルトさん、今日もありがとうございました!!」


「はい、お疲れ様でした」


 そう言うと、ローラたちを起こす為にその場を離れていった。


「ふむ、若者が成長していくのを見るのも良いのもですなあ」


「いや、将軍もそんな歳でもないでしょう」


 結局、タイラーは最後まで二人の訓練を見続けていた。


「では、私もこの辺で失礼するとしますか――ああ、一つお伝えすることがあったのを忘れておりました」


 ――ん?最初に用事は無いって言ってたけどなあ。


「うちの皇帝陛下が、今回のことでシン殿とライアス殿に会って、直接お礼を申し上げたいとのことです。一度帝都へいらしてはいただけないでしょうか?」


 ――忘れてたって用事じゃないな……。


「ちなみに、そのお誘いを――」


「是非お越しいただければと思います!!」


 ――最後まで言わせてくれ!!




「――と、言う訳なんだけど、ライアスはどう思う」


 領主邸内のシンの与えられている客室に集まった二人――フェルト、ライアスは、シンがロイドから伝えられた話を聞いていた。


「私個人はレギュラリティ教に属する者ですから、皇帝陛下からのお誘いを無下に断るわけにはいかないのですが……」


「まあ、そうだよね」


「シンさんは行きたくないんですか?」


「んー。元々帝都には行く予定だったけど、皇帝に会うとか面倒事の臭いしかしないんだよね」


「確かに、ただお礼を言われるだけで終わるとは思えないですね。特に先生は」


「シンさんが行くと、何か起こりますからね」


「俺のせいか!?」


「違うと言ってあげられないのが心苦しいです」


「先生、すいません」


「二人とも酷くない?」


「まあ、冗談はさておき、実際のところ行きたくないのは私も同意見ですけど、皇帝からの誘いを無視して帝都見物というのも余計にトラブルになりそうかと」


「自分で言うのもおかしいですけど、私は目立ちますので……」


 ライアスがすまなさそうに言う。

 確かに、坊主頭に金糸雀色の袈裟は目立つ。


「帝都にいる間、ずっとそれを隠して行動するのも窮屈だよね」


「いえ、先生がそうしろとおっしゃるのでしたら私は――」


「おっしゃりませんから安心して」


「じゃあ、皇帝に会いにいきますか?」


「しかたないね。とりあえず会ってみて、面倒だったら帝都から急いで逃げ出そう」


「パルブライトの皇帝相手に、帝都から逃げ出せそうなのはシンさんぐらいですけどね」


「いや、空をビューンって飛んで――」


「だから、シンさんぐらいなんですよ」


 とりあえず、帝都に行くことは決まったようだ。


「では、後はいつここを出るかですね」


「片付けもあらかた終わったし、いつでも良いちゃ良いんだけど」


「どうせ、歩いて行くんでしょ?」


「フェルトは馬車が良い?」


「いいえ、もう歩きに慣れましたから、歩きで構わないです」


「私も修行を兼ねてますので、歩きの方が嬉しいですね」


 シンに毒されていることに気付いていないフェルトと、職務に対して真面目すぎるライアス。


「普通の道を行くなら、一週間くらいで着くはずです。を行くなら」


「普通じゃない道があるの?」


「ええ。それもシンさん次第でしょうね」


「私は修行を兼ねて、普通じゃない道でも――」


「ライアスさん!!」


「――おっと、これは失言でした」


 結局、ロイドにもう少し修行をつけたいというフェルトの意向を踏まえて、出発は一週間後に決まった。



 そして、この一週間という期間が、何人かの未来を大きく変えることになる。



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