第26話 ロイドの決意と、フェルトの誤算
「……フェルトさん、お昼になりましたよ」
呆然とした表情の少年が廃材を担いで運んでいたフェルトに声をかけた。
「もう、そんな時間ですか。皆さん!!昼休憩にしましょう!!」
同じグループで作業をしているメンバーに大声でそう告げる。
この少年の名前はロイド。
ゴブリンに囚われていた洞窟で、妹と一緒にシンに救出された子供である。
「……フェルトさんもお疲れ様です」
ロイドは持っていたタオルをフェルトへおずおずとした態度で手渡す。
「ありがとうございますロイド君。でも、実際に疲れている実感は無いんですよ」
ロイドがフェルトの顔を見ると、そこには汗一つかいていなかった。
たった今、自分の身長の何倍も長い廃材を担いでいたフェルトを見たばかりのロイドからすると信じられないことだった。
いや、そもそも、そんなことが出来ること自体に驚いていた。
村にいた時は、村一番の力自慢の大人でさえ、そんなことを出来る人は見たことがなかった。
レギュラリティ教の師範であるライアスの仲間であることを聞いていたロイドだったが、自分とそれほど体格の変わらないフェルトが涼しい顔であんな事をやっていたのだという事に更に驚いた。
この春で十二歳になったロイドは同世代の中でも身長は高い方ではあったが、そのロイドが自分と同じくらいの身長だと思っていたことをフェルトが知ったらショックを受けただろうが。
「何でこんなことが出来るようになってしまったんですかねえ」
まあ、フェルト自身もロイドと同じように驚いてはいたのだが。
今のフェルトは自身の魔力操作による強化しか行っていない。
シンが強化魔法をかけているのは、他の作業に当たっている兵士たちのみだった。
ロイドはフェルトの言っている意味が分からなかったが――
「フェルトさんは、何で強くなろうと思ったんですか?」
ふと、そんな疑問を口にした。
「思ったこと無いですよ」
フェルト自身がそう願ったことは一度も無い。
知らない間に土台を築かれ、断れない状況で基本を教え込まれ、生来の生真面目さからそれを身に付けていった結果がこれである。
「え?でも……フェルトさんは実際に強いんでしょう?」
戦っているところを見たことなど無いが、単純な力だけでも相当なものだとロイドは思う。
「……そうですね。認めたくは無いですが、私は世間的には強いと呼ばれる部類に入ってしまっていると思いますよ」
しまっている、というのがフェルトの本音であった。
「じゃあ、生まれつきの才能ですか?」
「違います!!――あ、すいません」
初めて聞くフェルトの大声に驚いたロイド。
「ロイド君は強くなりたいのですか?」
一応は質問の形をとったフェルトだったが、それは確信している事であった。
ゴブリンたちに村を襲われて両親や親しい者たちを殺されているのだから、そう思うのは当然だろうと。
「……はい。俺はシンさんが来てくれなかったら、妹を護ることが出来ませんでした。唯一残された家族をこの先も護っていける強さが欲しいんです」
強く握りこまれた拳からも、その時の無念さが伺える。
「あなたはまだ若いのだから、今からそう焦る必要は無いと思いますよ」
「でも!そんなに歳の変わらないフェルトさんは――」
「私はこれでも十八なんですけどね?」
地雷を踏み抜いたロイド。
「あ……」
「…………」
微妙な空気が二人の間に流れた。
「ふう、子供に見られるのには慣れてるので構わないですよ」
「本当にすいません……」
「ロイド君、人の強さというのは物理的な強さだけでは無いと私は思います。あなたがこの先いろいろな事を学び、立派な大人になることで妹さんを護ることも出来るんじゃないですか?」
「でも――」
「あなたの気持ちは分かります。いや、あなたと同じ経験をしていない私が分かったなんて言ったら失礼かもしれませんね。何となくですが分かっていると思います。それでも――私が思うのは、幼い妹さんを本当に護りたいと思うのでしたら、今は傍にいてあげることが一番なんじゃないでしょうか?先ほども言いましたが、あなたはまだ若い。これから先、大人になっていくにつれていろいろな選択肢と出会うでしょう。その上で、まだ強くなりたいと思うのであれば、それからでも遅くはないと思いますよ。その頃には、妹さんも今よりはしっかりしているでしょうからね。私もその時に何か力になれることがあれば手を貸しますよ。ですから、その期間にゆっくりと考えてみてください」
ロイドと妹は五つ離れている。
今は七歳だが、あと五年もすればロイドは十七歳、妹は十二歳。
フェルトはそれくらいの先を想定して話をしていた。
その頃にフェルトがどこで何をしているかは分からなかったが、すでに知らない仲ではなくなった妹思いのこの少年の力になりたいと――本当にそう思っていた。
「……分かりました」
「そうですか。焦る気持ちはあるでしょうが、今は――」
「じゃあ、三日ほど考えてみます!!」
「――え?」
「その間に考えが変わらなったら、俺を鍛えてください!!」
「いや、三日って……」
「その時に力になってくれるって言った言葉、本当に嬉しかったです!!」
「それは……良かったです」
「じゃあ、三日後に俺の出した答えを伝えに来ます!!」
「……はい」
ロイドは嬉しそうに走り去っていった。
「……とりあえず、お昼ご飯にしますか」
フェルトにとっての五年は、ロイドにとっての三日だった。
ただ、それだけのこと。
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