第25話 少女は前を向く
ゴブリンたちがギャバンの街を襲ってから三日経ち、少しずつではあるが街は復興を始めていた。
多くの犠牲者を出した今回の事件はたちまちの内に帝国全土に伝わり、皇帝自ら全貴族に対して最大限の警戒を強めるように厳命が下された。
当の被害にあったギャバンは、特にその対象とされており、近いうちに帝都から増援の兵士たちが到着する予定となっていた。
復興に対する人手という意味合いもあるのだろうが、その迅速な対応からも警戒度の高さが見て取れた。
それもひとえにブランドン=フォン=サッチ子爵の働きがあってのものだろう。
『ゴブリンキングはまだ生きている』
シンのその言葉を信じたブランドンは、直ちにギャバンを含むロダーナ地方領主であるジャレン=フォン=ロダーナ侯爵へと詳細を報告した。
そこにはシンの事については、本人の希望により伏せられていたが、ライアスというアッピアデス師範の肩書が大きな影響力をもっていた。
報告を受けたジャレンは帝都への報告と同時に、ロダーナの他の街へも緊急事態に対応出来る準備と警戒を怠らないように命令を出していた。
大陸西部最大の国力を誇るパルブライト帝国。
現在、その力の多くが、ゴブリンキングという未曽有の厄災への対応へと向けられている。
その日、シンは朝から街の瓦礫の撤去作業を手伝っていた。
崩れ落ちた家であっても、そこには住んでいた人たちの思い出の物が残っていることもある。
簡単に魔法で塵にしてしまうなどという暴挙は出来なかった為、作業に当たる人たちに簡単な強化魔法をかけて、シン自らも手作業で撤去を行っていた。
シンを含むグループがその日に割り振られていた地域の作業が終わったのは、まだ昼を少し過ぎた頃で、他の者は午後からどこかを手伝いに行くかという話をしながら昼食へと出かけて行った。
シンも一度領主邸に戻ろうかと考えていると――
「あの……」
一人の少女がシンに話しかけてきた。
「ああ、君は――」
その少女はシンがゴブリンたちに連れていかれた時に助けた子供の一人。
騎士たちとゴーレムが争うのを止めた少女だった。
「元気――ってわけはないだろうけど、少しは顔色が良くなったみたいだね」
彼女の両親は彼女が連れていかれる際に、ゴブリンの手によってすでにこの世にはいない。
他に救出した子供たち、特に――洞窟にいた子供たちの親は同様に殺されてしまっていた。
「はい…少しずつですけど、心の整理がついてきた感じです」
シンは思う。それが数日でどれだけも変わることでは無いだろうと分かっていたが、今は自分に言い聞かせながらでも少しでも前向きな気持ちが生まれてくればと――
「そっか、それを聞いて安心したよ」
少女の言葉を素直に受け取ることにした。
「あの!!……私たちを助けてくれてありがとうございます!!」
少女はそう言って頭を下げる。
「シン様が来てくれなかったら、私たちは助かっていませんでした」
「……様とかつけないでほしいな。あと、頭なんて下げなくていいから」
――子供に頭を下げられるのも嫌なのに、その上に『様』呼びなんかされたら大人として恥ずかしすぎるだろ。
「でも……騎士団長様が、シン様はとても偉い方だとおっしゃってましたから……」
スピルの日に焼けた健康的な顔がシンの頭に浮かぶ。
――騎士たちに余計な事言わないようにって、子爵に言っておくの忘れてた……。
「……それは団長の冗談だから。俺はただの冒険者だよ」
普通なら団長がそんなことを言うわけもないし、この少女はその団長とのやり取りを見ていたのだから、こんな嘘が通じるはずも――
「そうなんですか?」
――子供騙せた!!
――いや、騙せたは言葉が悪いな……。
「うん、そう。俺はただのボウケンシャ……」
「自分に言い聞かせようとしてます?」
シンは思う。
今は自分に言い聞かせながらでも少しでも前向きな気持ちが生まれてくればと――
『今回の事件で身寄りを亡くした子供たちは、孤児院に引き取られることになります』
「君はこれからどうするの?」
少女の顔を見ていると、サッチの言った言葉を思い出す。
『親類に引き取り手がいる者はそれで良いのですが、そうでない者はそうするしか…』
「……私の両親は、私を最後まで助けようとして殺されました。他に頼れる親類も知りません」
つまりこの少女は――
「他の同じような境遇になった子たちと一緒に孤児院に入ることになると思います……」
それが相当な人数になることはシンにも想像がついていた。
『しかし、ギャバンにある孤児院では全ての子供を今すぐ引き受けるのは難しそうですので、帝都や他の街の孤児院へと協力を要請しています』
「でも、それでも十分に恵まれていると思っています。本当なら死んでいたかもしれないのに、これからも生きていけるんですから」
少女は弱弱しいながらも、懸命に笑顔を作ってシンに向けた。
「……そうだね。君が元気に生きていくことは、ご両親の望みでもあると思うよ」
そう言った後で、しまった!とシンは思った。
――わざわざ傷に触れにいってどうするよ!!
「はい。両親もよろこんでくれると思います」
しかし、少女は特に気にした様子はなく、シンはほっとした。
「それで、将来はシン様のような立派な冒険者になろうと――たった今決めました!!」
「いや、だから様はいらな――ええ!?」
――えええええ!?たった今どうしてそうなった!?
――本当はまだ冒険者として何もやってないし!!
「そして、私も困っている人や苦しんでいる人たちを助けることの出来る人になりたいんです!!」
――それは冒険者の仕事じゃないよ!?
「孤児になった私が騎士のような職に就くのは難しいと思います。だったら、強くなってシン様みたいになりたいです。いや――今は騎士よりもシン様になりたいです!!」
――もう、この子が何言ってるのか分かんねーよ!!
『孤児院出身者は、そのほとんどが冒険者の道を選びます。どうしても技術や知識を必要とする職業に就くのは難しいからです』
もちろん、この少女がその事を知っていたわけではく、ただ純粋な目標としてそう言っていた。
「うん、君ならきっとなれるよ」
この流れで、これ以外の他の言葉を言える
シンは笑顔でそう答えた。
その目は死んだ魚のようだったが、盲目的な羨望の眼差しをシンへと向けている少女がその事に気付くことはなかったのだ。
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