幕間2 ゴブリンキング
その異変は洞窟内にいる全てのゴブリンたちが同時に感じていた。
坑内に響き渡る怒声。
しかし、その声が届くより早く、恐ろしいほどの魔力が彼らの全身を貫き、恐怖を感じないはずのゴブリンたちが逃げ出そうとするほどの恐怖を与えた。
半ば恐慌状態となった数千のゴブリンたちは、我先にと洞窟の入り口に向かい、少しでも早くこの場から離れようと殺到していた。
先頭で入り口に到達したゴブリンが、その勢いのまま外へ飛び出そうとした瞬間――その体は見えない壁のようなものに阻まれて弾かれた。
そんな彼の様子に一瞥もくれることなく、次に辿り着いたゴブリンが倒れた彼の横を走り抜け、そして同様に弾き飛ばされた。
何故か脱出することが出来ない。
しかし、そんなことは知らないゴブリンたちが次々と入口へと走ってくる。
その数は勢いよく増え続け、押し寄せる仲間たちの圧力で全く身動きが取れなくなる。
何故逃げないのか?とでも言うように叫び続け、ひたすらに仲間の背を押し続けるゴブリンたち。
押されているゴブリンたちはその圧に苦しそうな悲鳴を上げている。
もし、彼らが普通のゴブリンであったなら、気が狂っていたのではないかと思えるほどの阿鼻叫喚の世界が広がっていた。
やがて、全ての洞窟内にいたゴブリンたちがその場に集結した。
すでに前方にいたゴブリンたちは虫の息なのか、声を発することも出来ずに押される圧にただ耐えているだけという状態。
すでに最初に感じていた恐ろしい魔力の気配は消えていたのだったが、完全に恐怖に支配されていた彼らは――そのことに気付くことなく、ただひたすらに洞窟から脱出することだけを考えていた。
しかし、その動きがピタリと止まる。
前へ前へと押し進もうとしていた力がすうっと抜け、表情を強張らせながらゴブリンたちは後方を振り向く。
それまで騒いでいた者も、誰一人として声を発することなく――怯えるようにゆっくりと振り向く。
数千ものゴブリンが同じように見つめる先――今まで自分たちが住処にしていた洞窟のその奥。
そこから伝わってくるのは、先ほど感じた恐ろしかった魔力とは全く異質な気配の魔力。
その気配は物凄い速度で迫ってきている。
しかし、誰一人動くことは出来ない。
そんな余裕も、逃げ場も無い。
最後方にいたゴブリンの視界に一瞬だけ映ったそれは――
洞窟内の土塊を巻き込みながら迫ってくる竜巻。
竜巻がゴブリンの集団を吹き抜けると、その体は微塵に切断されていった。
六枚の風の刃が風車のように高速回転しながらゴブリンたちを斬り刻んでいく。
それは、どれだけの数を斬ろうとも、一向にその勢いは衰えず――
意識を失っていた最初に入り口に辿り着いていたゴブリンを最後に、入り口の結界を突き破り外に出ると――そのまま空へと舞い上がって消えたいった。
巨大な洞窟の奥――その洞窟はこの世界であって、そうではない場所。
入り口も出口も無い、世界から隔離された空間。
そこに佇む彼は決して閉じ込められているわけではない。
これは彼自身が作り上げた住処。
誰からも見つからず、誰にも邪魔されないプライベート空間。
実際はその空間には多くの彼の配下がいるが、彼の支配下にあるその者たちが彼の邪魔になるようなことをすることは無い。
ならば――それは一人でいるのとそう変わりはない、彼はそう考えていた。
ここでじっくりと力を蓄える。
そして、機が熟した時こそが本格的な行動に移る時だと――
彼はその見た目に反して慎重に事を運ぼうとしていた。
決して自分に危険が及ぶような真似はしない。
今は――まだ。
彼は少し前までは、そろそろその力を満たす頃だと考えていた。
計画を実行する時は近い――そう思っていた。
しかし、それでもまだ足りなかった。そう考えるような出来事が起こっていた。
この空間にいても配下とは彼の持つ能力を通して繋がっていた。
その中の一人――彼の配下の中でも上位の力を持つ者が何者かによって討たれた。
その瞬間に感じた敵の魔力は、今の自分の力を凌ぐものだった。
しかも、自分の力の一端を貸し与えた配下を、その者は圧倒したのだ。
その事実は彼にとって驚くべきことではあったが、それでも動揺はそれほど無かった。
今はその者に及ばなくても構わない。
自分が時間をかければ、いずれその敵を凌駕することは可能だろう。
時間はいくらでもある。
配下もいくらでも増やせる。
餌はどこからでも調達すればいい。
彼が焦る要素は一つも無かった。
安全は場所で強くなり続ける。
魔物として生み出されながら、人間に近い思考を持つ怪物。
血気に
ゴブリンキングと呼ばれるその脅威は、理性に隠された恐るべき牙を人知れず研ぎ続けていた。
近い将来、人の世を喰らい尽くす為だけに――静かに、そして狡猾に。
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