第23話 救出、脱出、残る疑念

 僅かな痛みはあった。

 しかし、何が起こったのか理解出来ない混乱が、それ以上の痛みを感じさせなかった。


 ゴブリンは自分の右腕を見る。

 そこは肘から先が完全に消滅した状態だった。

 そして、遅れて吹き出す大量の血液。

 それを見てようやく、それに相応しい激痛がゴブリンを襲った。


「GYAaaaaaaaaaaaaaaa!!!」


 痛みと恐怖の入り混じった絶叫。

 それは今まででもっとも大きな悲鳴だった。


「お前、今笑ったよな?洞窟ごと潰して逃げる気だったのか?」


 そう言ってゴブリンの話しかけるシンの左手の平からは、先ほどの『悲しみの虹』と同じ七色の光が放たれていた。


 昔、この魔法を作った際に、かっこいいと思って付けた名前だったが、今となってはあまりにも厨二病すぎるネーミングに、人前では決して使うまいと心に決めていた魔法である。


 当然、知性は多少あるとはいえ、ゴブリンは人の言葉など解しない。

 それに、今はそれどころではないのだ。


 魔力を使って再生を試みているゴブリンだったが、何故か全く治る気配がない。

 それどころか、全身の魔力が失われた腕からどんどんと抜けていっている感すらあった。


 本能的にマズイと感じたゴブリンは、再び魔力の渦からの補給を開始しようとする。


「これ、どうやってんの?」


 いつの間にか足下に接近していたシンが、ゴブリンの後方にある魔力の渦を見ていた。


「GYeAAAAAAAaaaaaaaaaaaa!!!」


 ゴブリンは恐怖に駆られた絶叫と共に、残されている左腕をシンへと振り下ろす。


「うるさい」


 三度、シンはその拳を左腕で受け止める。


「GAAAAAaaaaaaaaaaaa!!!」


 今度はその肩口辺りまでの腕が分解されたように消滅した。


「なるほど……借り物か……」


 シンはぼそりと呟くと――


 取り出した片刃の魔剣魔力喰いマナイーターを一閃。


 その瞬間、その場に渦巻いていた魔力の全てが剣へと吸収されていった。


「そろそろ戻らないと、子供たちが不安がってるだろうな」


 すでに声も出せないほどに衰弱しきっているゴブリンは、その巨大な体を横たえたままで弱弱しい呼吸をしている。

 このままでもそう長くは無さそうに思えたが――


「何があるか分かんないし、見逃すつもりはないよ」


 そう言うと、《魔力喰い》をゴブリンへと向けた。


「gya…gi……」


 そう呟いたのを最期に――


 その巨躯は一瞬でコマ切れとなり、その破片は魔素へと消えた。



「みんな歩けそう?」


 檻の中から救出した子供たちにそう声をかけるシン。


 捕らえられていた子供は総勢で三十二人。

 ようやく歩け出した程度の幼い子供から、小学校高学年になるかどうかという歳の子供たちだ。

 軽傷を負っていた子供たちの傷もすでに治し終わってはいたが、精神的な傷は治しようがなかった。

 その上、突然現れてゴブリンたちを一掃したシンに対しての怯えも大きそうだった。

 例え、自分たちを救ってくれたのだとしても、それは当然とも言える。


「大丈夫です」


 そうはっきりとした口調で答えたのは、幼い女の子を抱きかかえた少年。

 先ほど、シンが格子越しに声をかけた子供だった。


 シンはその言葉に無言で頷くと、洞窟の出口へ向かって歩き出した。



「まだ洞窟の中にはゴブリンがたくさんいるからね」

 先ほどの広い空間から出たところで、シンは子供たちにそう告げる。


 それを聞いた子供たちは、怯えるような顔になり、近くの子供たちと体を寄せあった。


「あ、ごめんごめん。怖がらせるつもりじゃなかったんだけど……」


 言葉を間違ったとシンは反省する。


「まだゴブリンはいるんだけど、俺が全部倒しながら進むから安心して。ただ、もしかしたら、怖いのを見ちゃうかもしれないからって言いたかったんだけど」


 ――とか言っても、この状況じゃ安心とか無理だわな。


 シンが子供たちと会話している間も、洞窟のどこからかゴブリンたちの多くの声が反響して聞こえてきていた。


 ――出来るだけあいつらの姿を見せないようにしながら、早く外に出してあげよう。


 シンは索敵魔法を洞窟全体へと範囲を拡大。

 坑内にいる全てのゴブリンをその範囲内へと収めた。


 ほとんどのゴブリンは洞窟の入口へと殺到していた。しかし、一匹たりともその外に出ることなく、次々と集まってきているゴブリンたちは朝の満員電車のようにぎゅうぎゅうに密集しており、シンたちの方へ向かってきているものは皆無だった。


「こっちに来てるのはいないから、みんな安心して進もうか」


 とりあえず子供たちを安心させる為にそう言ってみたが――


 実際にそれが分からない子供たちは、無数にある横穴を通る時は、目をつぶって走り抜けるようにして進んでいた。


 帰り道を半分ほど過ぎたところで、聞こえてきているゴブリンの声はかなりの大きさとなっており、子供たちの足取りはどんどんと重くなっていた。


 ――ここら辺が限界か。まあ、この距離なら大丈夫だろ。


 そんな子供たちを見たシンが足を止めて振り返る。


「すぐに静かにするから待っててね」


 子供たちへ向けて、出来る限りの作り笑いを浮かべた。


 坑内の全てのゴブリンが入り口へと集まっているのを確認したシンは、そこまでのルートを頭の中で設定する。

 そして、ゆっくりと右手を前に差し出すと――


風の刃ウインドカッター


 そんな囁くような優しい声が子供たちの頭の中に響いていた。


 


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