第21話 山奥での遭遇

 子供たちをゴーレムに任せたシンは山道を風のような速さで駆け上った。

 目指すは中腹にある洞窟。

 ゴブリンたちを倒した地点から感知したのは広い洞窟内にたむろするゴブリンの群れと、一際大きな反応を示した上位種と思わしき個体。


 そして――多くの子供たちの生体反応。


 それは村から連れ去られていた子供たちだとシンは考えていた。

 理由は分からないが、子供たちは生きたまま捕らえられているのだと。


 ならばやることは決まっている。


 シンは姿を見られないようにと、低い姿勢で洞窟を目指した。

 空からの接近は、例え気配を消していたとしても視認しにんされて気付かれる恐れがあると考えたからだ。


 まもなくして、森を抜けた断崖にぽっかりと口を開けた洞窟の入り口が見えた。

 入り口には見張りと思わしきゴブリンが二匹。

 その周囲を徘徊しているゴブリンが十匹ほどいた。


 その姿を認識したシンだったが、全く足を止めることなく入り口へと突撃する。


 一瞬、見張りのゴブリンの一匹が微かな物音に気付いたようだったが、シンの姿を確認する前に、その首は胴体から離れ――ゴロン、と地面に転がっていた。


 完全な無詠唱で発動された風の刃が、正確にその喉元を斬り落としたのだ。


 広い洞窟内にいるのは数千を数えるゴブリンとその上位種。

 捕らえられている子どもたちは、その最深部で一カ所に集められているようだった。


 その場所まで一気に行かなければ、子供たちにどんな危険が起こるか分からない。

 シンは躊躇ちゅうちょなく洞窟内へと飛び込んでいった。


 そして――首を斬り落とされて絶命した十二匹のゴブリンたちが、シンの姿が消えた後、静かに霧へと還っていった。



 複雑に入り組んだ坑内だったが、シンは迷うことなく目的地である最深部を目指した。


 途中、進路上にいるゴブリンたちは、見張りと同じように、シンの存在に気付くことなく斃されていく。

 まるで無人の野を行くかのように、奥へ奥へと突き進んでいくシン。

 そしてあっという間に最深部へと辿り着いた。


 今の通路を抜けた先は、大きく開けた空間がある。

 そこには無数のゴブリンが蠢いており、その奥には上位種の気配。

 この洞窟がダンジョンならば、そこはまさにボス部屋というやつだろう。

 子供たちはその場所の右手奥――おそらくは坑内を削って作られただろう牢屋のようなところに集められている。


 最初からその位置関係を把握していたシンは、子供たちを救出すべく、その中へと飛び込んでいった。




 暗闇の奥からすすり泣く声が聞こえる。

 それも、一人のものではなく、何人もの子供たちが声を押し殺すように泣いていた。


 ここに連れてこられて何日経ったのだろう?

 太陽の見えないこの場所では、時間の経過が全く分からない。

 数日か、それともまだ一日も経っていないのか……。

 恐怖と悲しみで疲弊しきった心では、その簡単な判断すらつかない。

 そんな事を考えることが出来たその少年は、まだ他の子どもよりは余裕があったのかも知れない。

 その腕の中で眠る彼の妹は、目の前で両親を殺されたショックから意識を失い、未だ目覚めていなかったのだから。

 当然、同じように両親を殺されている彼がショックを受けていないわけではなかったが、目の前にある妹の温もりが彼にほんの少しの生きる力を与えていた。


 それでも事態がどうにかなるとは少年には思えなかった。

 木で作られた牢獄のような格子の向こうに見えているのは、村を襲ったよりも遥かに多くのゴブリンたち。

 そして、ここに入れられる際に一瞬だけ見えた、とてもこの世のモノとは思えない巨大な怪物。


『ゴブリンは子供の肉を好んで喰らう』


 それはこの世界の子供たちが幼い頃から教えられていること。

 多分、自分たちは食料として連れてこられたのだと理解していた。


 他の子どもたちがただ絶望に打ちひしがれている中、彼だけは働きの悪い頭を何とか動かそうとした。

 村が襲われたことが国に伝われば救助が来ないわけではないだろうが、それが間に合うかどうかは分からない。いや、おそらく無理だろう。討伐隊は出るだろうが、生きているかどうか分からない自分たちを救助に来るとは思えなかった。

 ならば――どうにかして、妹だけでも助けることは出来ないだろうか?と。

 

 無理に決まっている――そんな当然の思いが過る中、少年は必死で最後まで足掻あがこうとしていた。

 すると――


「怪我はない?」


 不意に少年の耳にはっきりとした声が聞こえた。


 一瞬、少年は幻聴かと思ったが、その顔は反射的に声の方を向いていた。


 格子の向こうにしゃがみこんでこちらを覗き込んでいる大人の人間。

 逆光になっている為その顔はよく見えないが、薄茶色のローブを着たその声の人物は確かにそこに存在していた。


「すぐに出してあげるから、少しだけ待っててね」


 少年はその言葉に、無意識に頷く。


 信じられない言葉をかけられているという認識はどこにもなく、「ああ――助かったんだ…」――そんな想いが心の底からゆっくりと浮き上がってきた。



 少年は、不思議な温かい光が自分たちを包んでいくのを感じながら、腕の中で眠る妹の身体を強く抱きしめていた。

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