第19話 追跡
「本当に貴方お一人で向かわれるというのですか!?」
ブランドンは信じられないという表情。
「フェルトとライアスはここに残って、あの村の事を報告した後はブランドンさんたちの手伝いをしてあげて。みんなの怪我は治したけど、街がこの状態だといろいろ大変だろうから」
シンはブランドンの言葉が聞こえていないかのようにそう言って二人に居残りを命じる。
「分かりました。不要かとは思いますが、キナミ様もお気をつけて」
フェルトはそう言うと、いつぶりかの執事らしい姿勢で礼を取る。
「お、お待ちください!!お二人も何故この方をお止めしないのですか!?」
話している感じから、この青年がこの中では最上位の存在なのだと理解したブランドン。
先ほどの奇跡の魔法はこの青年が行使したのだろうとは思っていた。
おそらくは教団内でも最高位に近い神聖魔法を扱う者なのだろうと。
だが、こと戦闘においてレギュラリティ教の師範を凌ぐ存在というものは、大陸中を探しても片手で足りてしまうはずだ。
それを残して、おそらくは神聖魔法に特化した司祭である彼が、一人でゴブリンの群れを追うと言ったのだ。
止めようとしない方がおかしい。
「私たちが同行しては先生の足手まといになりますから」
しかし、そのライアスはそれが当たり前のことだという風に言ってのけた。
「足手まとい……?師範である貴方が……?」
そんなことがあるのだろうか?
いや、ブランドンの知る常識の中にはそんな言葉は無かった。
「じゃあ、行ってくる」
シンはそう言うと――ふわりと上空に浮き上がる。
「――!!」
ブランドンと周囲の騎士たちは、人が宙に浮かぶという異常な光景に声を出すことも出来ずに唖然とした顔で見ていた。
そして、目で追うのも難しいほどの速さで、あっという間に東の空へと消えていったのだった。
『奴らは子供たちを連れて、東の方角へと引き上げていきました。おそらく、ヴァンケド山脈へと向かったと思われます』
ブランドンから聞いた情報を元に、シンは全速力で東へと向かっていた。
土地勘の無いシンにとって、ブランドンの言葉を信じるしかなかった。
――あいつ等が引き上げてから二時間ちょっと……間に合え!!
祈るような気持ちで飛び続けるシン。
索敵魔法を最大にし、少しでも早く群れを見つけようとしているが、未だその網には何もかからない。
巣に連れ込まれた後では、どれほどの時間が残っているか分からない。
幸いにも、連れ去られていったと思われるヴァンケド山脈までは距離がある。
それまでに追いつくことが出来れば……。
それだけを望みに。
途中で荒れた地面が徐々に一本の道の様になっていき、それがゴブリンたちの通った跡だと気付き、高度を下げて、その跡を追うようにヴァンケド山脈方面へと急いだ。
彼は群れの先頭を走っていた。
ギャバンを襲撃する前は三千ほどいた仲間はその数を半数近くまで減らしていたが、群れのリーダーである彼にとって――それはどうでも良い事だった。
目的の子供たちは大量に捕獲することが出来た。
後はこれを持ち帰れば任務は完了する。
その為に仲間がどれだけ死のうが関係なかった。
彼は――彼らは、元からそのように作られていたからだ。
走り続けること二時間。ようやくゴブリンの群れはヴァンケド山脈の山裾に辿り着いた。
山道を抜け、木々の間を潜り抜け、迷うことなく巣へと進んでいく。
さすがに疲れは感じていたが、何かに突き動かされるように走り続けた。
例え手足が折れたとしても動き続けなければという、強い強迫観念のような衝動に駆られて走り続けた。
何の目印も無かったが、彼は自分たちの巣が近いことを感じていた。
――あと少し。――急げ。――走れ。
何かに憑りつかれたように一心に走る千を超える異形の群れ。
『
そんな彼らは――ゴールを目前に絶望と出会った。
突然、全身が硬直して動かなくなる。
それまで走り続けたことで動けなくなったのか?そんなことを少ない自我で考えた。
しかし、先頭を走っていた彼だけではなく、群れの者全てがその場で固まっていた。
彼らに与えられたモノは、僅かな自我と知性。
他の生き物に対する凶暴性と残虐性。
そして、与えられた目的を遂行する事だけを考える――呪い。
なので、彼らはこの不可解な状況下においても、第一に巣に戻ることを考える。
何故?という疑問を無視して、とにかく体を動かそうと必死に全身に力を入れる。
しかし――その身体は、指先一つどころか、視線すらまるで動かすことは出来なかった。
「グッ…ギギ…」
苦しそうに声を絞り出すが、やはり体はまったく言うことを聞かなかった。
「間に合った」
そんな彼の前に一人の人間が突然現れる。
まるで空から降ってきたかのように唐突に。
見た目は大人だ。
――大きな人間は殺す。小さな人間は連れて帰る。
――だからこいつは殺す。
動けない状態でも彼はそう考えた。
そしてそれが――彼が最期に考えたことだった。
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