第18話 ギャバンの惨劇
三人がギャバンに急いで向かった時には、すでに街は惨憺たる有様となっていた。
街のいたるところから火災による煙が立ち上り、城壁前には武装した兵士たちが殺気を漲らせながら構えていた。
シンは町の中の気配を探り、多くの被害が出ていることを感じていた。
「止まれ!!」
城門に近づいていくシンたちに兵士の一人が声を大声で叫ぶ。
そして数人の兵士が槍を三人に向けながら近づいてきた。
「お前たちは旅の者か?」
その中のリーダー格らしき中年の兵士がそう言う。
「はい、私たちは各地を旅している冒険者です」
ライアスがそう答える。
「旅の冒険者?」
兵士はその言葉に訝しむ様子で三人を見る。
二十代くらいの青年が二人と、十代と思われる少年が一人。
ぱっと見、武器を持っている者は誰もおらず、それどころか荷物すらどこにも見えない。
冒険者どころか、すぐ近所を散歩しているのかのような軽装。
兵士たちは三人に警戒を強め、槍を持つ手に力を入れた。
「――見て分かるように、現在ギャバンは少々立て込んでいて誰も入ることは出来ぬ。申し訳ないが引き返していただきたい」
申し訳ない――そう言いながらも、兵士の口調は有無を言わさぬ迫力があった。
「何があったか教えてはいただけないでしょうか?」
しかし――そんな兵士の迫力は三人には何の効果も無かった。
「部外者に教えることは出来ぬ!従えぬというのであれば力づくで排除させてもらうぞ!」
今の兵士たちには、これ以上三人に時間をかけている余裕は無かった。
元から殺気立ったいた兵士たちは、すぐにでもシンたちに襲い掛からんばかりに睨みつけている。
「ライアス――時間が勿体ない」
時間に余裕が無いのはシンも同じだった。
これ以上こんなところで足止めを食らっているわけにはいかない。
「消えかけている命がいくつもある。急ごう」
「失礼いたしました」
そう返事をすると、ライアスは頭から羽織っていたローブを脱ぎだす。
途端――兵士たちの目が見開かれる。
「私、レギュラリティ教アッピアデスで師範をしております、ライアスと申します。ギャバン領主であるサッチ子爵にお伝えすることがあり参りました」
ローブの下から現れたのは、見事な刺繍による装飾の施された
一介の兵士であれど、それが何を意味するのか理解出来ないはずがなかった。
「師範……様でいらっしゃいますか?」
目の前にいる若い男が師範――信じられないという気持ちと、この袈裟が偽物ではないという確信が兵士の中でせめぎ合っていた。
「通していただけますね?」
ライアスのその言葉は、先ほどの兵士の迫力とは比べるもなく――彼らは静かに頭を下げるしかなかった。
兵士の先導で城門をくぐる三人。
途中、ライアスの姿に気付いた他の兵士たちが次々と膝をついて祈るような仕草をしていたが、それに気を配っている余裕はシンたちには無かった。
街の中は想像を超えた有様だった。
すでに火は消された後だったが、燻っているような煙が焼け落ちた家屋から上がり。
焼け残った家も――ドアは壊され、窓は破られ、無事な建物は一見では見当たらない。
そして、あちらこちらに見える大量に流れた血の跡。
道に倒れている人がいないのは、すでに兵士の手によって運ばれたからだろう。
少し歩いたところでシンは歩くのを止める。
それに合わせて二人も止まり、先導していた兵士がどうしたのかと振り向く。
「どういたし――」
兵士がそう声をかけようとした時、両手の平を天に向けて突き出していたシンの身体から眩しい光が放たれる。
そして、その光は次第に手の平に集まり、小さな太陽のように輝きを放った。
『
兵士の頭の中にそんな声が聞こえたかと思うと、光は爆発したかのよう広がり、ギャバンの街全体を一瞬で包み込んだ。
エトラの地において、ロバリーハートとファーディナントの兵士たちを癒したシンの広範囲回復魔法。
欠損カ所すら治し、死の淵にある命を呼び戻す神の御業。
こうして、ギャバンの街の人々の多くの命が救われたのだった。
「こちらでございます」
案内の兵士の態度はライアスを見た時よりも更に丁寧なものになっていた。
そうして案内された先には膝をつき頭を下げたまま待機している騎士たちと、その前にいる貴族と思わしき男。
「私がこの街の領主を任されております、ブランドン=フォン=サッチでございます」
白銀の鎧に身を包み、その風貌は若く見えるが、目元に刻まれた深い皺が、彼がそれなりの年齢であることを表していた。
「先ほどは貴方がたの奇跡の力のよって、多くの者の命が救われました。街を代表してお礼申し上げます」
ブランドンは目の前でその奇跡を見た。
今にも死にそうな状態で運ばれていた住人が、周囲が光に包まれたかと思うと、たちまちのうちに全ての怪我が完治していたのを。
次々と入ってくる同様の報告。
そして、それを行ったのが、たまたま街を訪れたというレギュラリティ教の師範とその仲間だという報告。
おそらくは、かなり高位の司祭とその護衛として師範が共に行動しているのだろうと思った。
そうとしか考えられない――いや、そうだとしてもこれほどの治癒力をもった魔法が存在しているということは信じられないことではあった。
そう思うと同時に――もし、あと一日早く来てくれていれば……そんな不遜な考えが脳裏を過ったが、本来の街を護るという自分の責任を果たせなかったことを思い、その考えに至った自分を強く自戒した。
「丁寧な挨拶ありがとうございます。私はレギュラリティ教の――」
「挨拶は後でいいんで、急いで何があったのか説明してもらえますか?」
ライアスの挨拶を遮るようにブランドンに問いかけるシン。
そのことに一瞬驚いたような顔をしたブランドンだったが、シンはお構いなしに言葉は続けた。
「連れ去られた子供たちがいるはずです。奴らがどこに行ったか教えてください」
シンにはまだやれることがあるという強い想いがあった。
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