第17話 静かに忍び寄る恐怖
「ここもですか……」
フェルトの声にはやりきれないという想いが感じ取れた。
「それなのに、全くゴブリンの気配を感じませんね」
ライアスはそのことを不審に思う。
ゴブリンによって滅ぼされた村を見つけた翌日、更に二つの同じような惨状の村を見つけた。
しかし――その道中、シンが索敵を最大にして進んできたにも関わらず、一匹のゴブリンすら見つけることが出来なかった。
「状況からすれば結構な群れのはずなので、周辺にハグレすら見つからないというのは不可解です。まるで全てのゴブリンが団結して気配どころか、その姿を消しているような……」
「姿を消している……ねえ」
シンはライアスの言葉を検証する。
――ゴブリン程度がそんなこと出来るのか?この世界でそれが普通なら、ライアスがそんなことを言うはずはないし……。
「ライアス――もし、村を襲った群れがこの先の街を襲ったとしたらどうなる?」
目的のギャバンまでは次の山を越えれば、あとは平地を進んだ先にある。
普通に行けば明日の昼過ぎには到着するだろう。
「あくまでも憶測ですが――」
そう前置きした上でライアスは話し出す。
「ギャバンは帝国の中でも貿易の要所の一つです。領主直属の兵が常駐していますので、少々のゴブリンの群れ程度ではビクともしないでしょう。それに、ゴブリンが堅固な壁に覆われた街を襲うとも考えにくいかと思います」
「そう――だよね。いくらなんでもそれは心配しすぎか……」
それでも、シンの心の中には拭いきれない不安があった。
「襲われた村に関しても、ギャバンに到着した後に報告を上げれば、討伐隊が結成されるのではないでしょうか?たかがゴブリンですが、少なくとも三つの村が壊滅してますから、すぐにでも対策を取ると思います」
シンが昨日からどんな思いでいるのかは、何となく察しているフェルトだが、それでも――自分たちが首を突っ込む前にやらなければいけないことがあると考えていた。
「フェルト、言いたいことは分かってるよ。俺が一人でゴブリンを倒して、こんなことがありましたって報告したところで、本当に解決したことにはならない」
「――はい。シンさんの力をもってすれば簡単なことかもしれません。それに今はライアスさんもいますから、所詮はゴブリンと思います」
「フェルトもいるしね?」
「……。しかし、帝国の今後のことを思うなら、自分たちで対策を考えて対応していかなければ、この先、今回と同じようなことが起こらないとは限らないですから」
解決しましたありがとうで終わらせてはいけない。
「それに――村人に多くの犠牲は出ましたが、先ほども言いましたように所詮はゴブリンです。帝国の兵士たちに大した犠牲が出るとは思えません。ですから、ここは彼らに任せた方がよろしいかと思います」
そうして、今後の対策に繋げなければ、犠牲になった人たちが浮かばれない。
「分かった。今回はギャバンに着いたら襲われた村の事を報告する。ライアスがいるから領主へも直接伝えられるんじゃない?」
「ギャバンはサッチ子爵が治めていますので、その事に関しては全く問題ないかと」
アッピアデスの師範という肩書は伊達ではない。
「じゃあ、それでお願いするね。でも、一つだけ良い?」
「何なりとお申し付けください」
ライアスが仰々しく返事をする。
「ああ、そんな大層な事じゃないよ。ただ、ギャバンへ行くのを少し早めたいんだ。どうせなら少しでも早く伝えておきたいから」
シンは払拭しきれない不安を少しでも抑える為に、そう提案する。
「そうですね。夜通し進めば明日の朝にはギャバンに着くと思われますが……フェルト殿はどうでしょう?」
徹夜で山を越えることで不満があるのではと思い、フェルトの意思を確認する。
「私も構いませんよ。それでシンさんの不安が少しでも晴れるのであれば、一晩くらいの徹夜は平気ですから」
フェルトはシンの気持ちを汲んだ発言をする。
「――ありがとう」
シンは二人に心から感謝をする。
どれだけ強さを得たとしても、その心は普通の人間のままのシン。
少しでも悲劇を防ぎたいという気持ちは大きかった。
「じゃあ、ここのみんなを弔ったら出発しようか」
こんなことをするのはこれで最後になればとシンは思った。
夜を徹して山道を移動した三人は、空がうっすらと明るくなる頃に最後の山を越えていた。
後は街道に出て歩いて行けば一時間ほどで目的地であるギャバンの街に到着する。
フェルトは多少の眠気を感じていたものの、相変わらずかけられ続けているシンの魔法のお陰で身体的な疲れはなかった。
「ようやく山道も終わりましたね。町に着いたらとりあえず宿で眠りたいです」
ギャバンまであと少しだと思うと、フェルトの口から自然とそんな言葉が出てきた。
「フェルト殿は普段からよく寝てますからね。やはり徹夜は少々辛かったですか」
「シンさんは別として、ライアスさんは眠たくないんですか?」
「何故別にする?」
「私も眠たくないというわけでは無いんですが、三日くらいでしたら寝なくても戦えるように訓練してますから」
「ねえ、何で俺には眠くないか聞いてくれないの?」
「三日……私には無理そうですよ」
「まあ、フェルト殿は執事ですからね。そんな状況になることは無いでしょうし」
「あ、執事だってことは覚えていてくれてるんですね……」
「はい、一応」
「あー眠たいなー。頭がふらふらするー」
「シンさん、独り言がうるさいですよ」
「……酷くない?」
シンも前日に感じていた不安が薄らいで、心のどこかで安心しているのだろう。
そんな談笑をしながら三人は街道をギャバンに向けて歩いていた。
シンがそんな浮かれた気持ちでいた自分をぶん殴ってやりたいと思ったのは、ギャバンの街の方向の地平から上る無数の煙が見えた時だった。
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