第16話 始まりの悲劇
シン、フェルト、ライアスの三人がアデスを出発してから約ひと月が経った。
周囲の山々も雪解けを迎え、徐々に春の訪れを感じる頃になっていた。
しかし、シンの当初の予定通り大きく南へと迂回していたため、未だパルブライト領内へ辿り着いてはいなかった。
「今日はこの先の村で泊まるところを探そうか?」
ジンショウに貰った地図によれば、この先に小さな村があるはずだ。
そこを抜ければギャバンの街まで、あと山一つ越えればというところまでは進んできていた。
「そうですね。そうしてもらえると助かります……。たまにはベッドで寝たいです」
アデスからの道中、そのほとんどを山の中で過ごしてきていた為、フェルトは疲れたような声を出した。
「フェルト殿、どこでも寝て体力を回復出来るように慣れておくのも大事な修行ですよ」
ライアスの生真面目なまでの修行馬鹿な発言。
「ライアスさん……何回も――何十回も言ってますけど、私は執事ですから……」
「目指せ!世界最強の執事!」
「目指しません」
シンの煽りにも冷静に返せるようになっているのも修行の成果なのか、はたまた――何かを諦めてしまった境地なのか…。
執事最強決定戦があるなら、すでに世界一なのでは?と、そんな二人のやり取りを見てライアスは思った。
「でも、今日も結構ノリノリで魔物と戦ってたよね?」
「シンさんの目にはそのように映っていたとは心外です。お二人が魔物を放っておくと被害が出るかもとおっしゃるから仕方なくやっていたのです」
それならば、フェルトよりも強い二人が戦えば良い話だとは思うが、このひと月で魔物に慣れてしまっていたフェルトは、魔物の気配を感じると反射的に攻撃を仕掛けるようになっていた。
だからこそ、シンの目にはノリノリで戦っているように見えていたのだが、フェルト自身はその事に気付いていなかった。
「うん、良い傾向ですね」
ライアスは一人その成長を喜んでいた。
執事としては本来全く役に立たないであろう成長ではあったが…。
三人の視界に目的の村が見えてきた。
この地方には山間に集落を作り、林業やその加工業などを主とした仕事を生業としている人々が集まる村が多い。
この村もその内の一つで、人口は百人に満たない小さな村だった。
「――ライアス」
シンがふと足を止めると、真剣な表情でライアスに声をかける。
「…なんでしょうか?」
ライアスもシンの雰囲気が変わったのを感じて、少し緊張したように返事をした。
「あの村――人の気配が一つも無いね……それに、嫌な臭いがする」
ライアスには流石にこの距離から村の中の気配を読み取ることは出来ない。臭いに至ってはシン以外は不可能だろう。
「ただの無人の村――というわけではなさそうですね」
フェルトもシンの言葉から何かただ事ではないことが村で起きていることを察する。
「とりあえず、行ってみよう」
そうして三人は足早に村へと急いだ。
「これは……」
ある程度近づいたところで、村で何が起きているのかは感じ取っていたフェルトだったが、いざ自分の目で見ると、その凄惨な光景に言葉が詰まる。
村を囲んでいた柵は完全に破壊されていて、すでにその役目を全く果たしておらず、村の人々が生活をしていただろう家屋はそのほとんどが焼け落ちていた。
そして、村中に散乱する原型をとどめていない無数の死体。
刃物で斬り落とされたのだろう手足がそこかしこに転がり、裂かれた体から撒き散らされた臓物が地面に広がっている。
そのほとんどに、どこかしらを喰い千切られような歯型が残っていた。
フェルトは口を押さえ、込み上げてくる吐き気を押さえるのに必死だったが、シンはそんなフェルトに気を配ることもなく、ただ悲惨な最期を迎えてしまった村人たちの亡骸を静かに見ていた。
「まだそれほど日にちは経ってなさそうだね……」
そう言ったシンは、フェルトが初めて見る哀しそうな顔をしていた。
「先生、この足跡はゴブリンですね。それも相当の群れがこの村を襲ったと思われます」
亡くなった村人へ祈りを捧げていたライアスがそう断言する。
「この足跡は俺の知っているゴブリンのものよりかなり大きいけど、この世界のゴブリンは大人の人間とそう変わらないらしいし、何より――この食い散らかし方は間違いなさそうだ」
見た限り、亡くなっているのは全て大人の人間のようだ。
味見をするかのように喰らい、その上で気に入らずに打ち捨てていったのだろう。
そして、好物である子供は自分たちの餌にするために連れ去っていったと思われた。
「……どうする?」
シンのそれは、連れ去られたであろう子供たちを助けに行くかどうか?という意味。
「遺体の状態からしても、まだ数日といったところでしょうが……おそらくはすでに……」
この規模の村に子供がいたとすれば、その数はおそらくは数名、多くて十人を超えるかどうか?といったところだろう。
そのくらいの数であれば、襲ってきたゴブリンの数からすれば、その生存は絶望的と思えた。
「だよね……」
「シンさん……」
魔王と呼ばれた男とは思えないような弱弱しい声に、思わずフェルトが声をかける。
「せめて、ここにいる人たちだけでも弔ってあげましょう」
それで、少しでもシンの気が晴れるならと。
フェルト自身もこのままにしておくつもりは無かったが、今はただシンの事を思っての言葉だった。
「ああ――ありがとうフェルト。そうだね……」
フェルトの自分を見る哀しそうな表情に、今の自分がどれだけ酷い顔をしているのかを察する。
そうして、三人はほぼ無言で村人たちの遺体を一カ所に集め、その魂が彷徨わんことを願いつつ荼毘に付した。
星空に向かって吸い込まれるように燃え上がる炎の明かりが、その魂を天へと迷うことなく導いてくれていれば良いなと、シンは心から願わずにはいられなかった。
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