幕間1 闇に蠢くモノ

 うごめは深淵の闇の中から生まれた。


 ソレがその生で初めて目にしたものは、細長い手足に焦げたようなどす黒い肌。

 頭髪の無い頭部にはぎょろっとした両目に、不格好に長く伸びた耳。

 大きく裂けた口からは鋭い犬歯が覗く。

 

 その異形の者ゴブリンたちを遥かな上空から見下ろしていた。


 そして、特に何の感情もなくそれらを掴むと、無造作に口の中に放り込み――噛み砕いた。


 ゴブリンは気味の悪い悲鳴を一瞬だけ上げると、ゆっくりと咀嚼する間もなく黒い霧へと姿を変え、ソレに何の満足を与えること無く消えていった。


 ――チガう。


 徐々に目覚め始めた自我がそう告げる。


 これは喰い物では無いと。


 ――くラエ。


 喰えない。


 ――クらえ。


 何を喰えというのか?ソレは自問自答を繰り返す。


「グギャ!グギッギッ!」


 ゴブリンたちが何かを伝えようと不快な鳴き声を出す。

 彼らは仲間が目の前で喰われたというのに、誰一人としてその場から逃げ出そうとする素振りすらない。


 そして、その中の一匹が何やら連れてきた。


 それはゴブリンの腰ほどの背丈の小さな生き物で、長い髪に白い肌、身体は布のようなもので覆っている。

 どうやら違う種族の生き物だと思った。


「あ…あ……」


 見開いた目からは液体が流れ出し、何やら小さな鳴き声を上げている。


 それを見た時――先ほどとは違い、自らの意思でその小さな生き物をその手に掴んだ。


「や…やめ――」


 そして、そのまま口の中に一口に放り込んだ。


 ゴキ!ゴリュ!


 バキ!バキ!


 噛みしめると溢れてくる果汁のような甘い味わいの液体。

 その甘美なまでの味に全身に歓喜の震えが走る。


「GGeYYYeEEEEEEEEEEE!!」


 言葉とも言えない叫びと共に、ソレの周囲に濃密な闇の魔力の渦が巻き起こる。


「ギャ!ギャ!」


 そしてその中から次々と現れるゴブリンたち。

 その数は、その場にいたゴブリンの数をあっという間に上回り、止まることなく増え続けていく。


 ソレは自分が何なのか、何のために生まれてきたのかを知る。


 自分は全てを喰らう為。


 この世界の全ての人を喰らい尽くす為に生まれてきたのだと。


「GYeeeeAAAAAA!!」


 そして同胞らに命令する。


 自分からすれば取るに足らない脆弱な仲間。


 しかし、自分は無限にその数を増やそう。


 その数をもって、この世界の全てを自分の前に捧げよと。


 知らず知らずのうちに、ゴブリンという種族の特性を最大限に生かしていた。


 低い理性ゆえに恐怖に怯まぬ心。


 低い知性があるために取れる統率。


 永遠に増殖し続ける無限の軍団。


 そして、その全てを統べる絶対的な力をもった王。



 パルブライト帝国が遥か南方。


 人類の脅威と成りうる災害カラミティ級の存在。


 過去の歴史上ですら一度しかその存在を確認されていない伝説レジェンド級の魔物。


 ゴブリンが絶対君主たる『ゴブリンキング』。


 ソレは人知れず生まれ――知る人を喰らいながら、慎重に、そして確実にギャバンの街へと近づいていた。





「エルザ様、王都より手紙が届いております」


 レイモンドが一通の封書を手に部屋に入ってきた。


 その部屋の主はファーディナント王国エルザ=フォン=サンディポーロ辺境伯。

 才色兼備、深謀裁量、暗中飛躍――彼女を正しく評するには一言では難しい。


 ファーディナント王国における国防の要にして、内政にも影響力をもつ女傑。

 味方であっても気を許すことが出来ない雰囲気を身に纏う世代の傑物であった。


「コウエイからですわね」


 しかし、そんな彼女の声は鈴を転がすように、可憐に澄んだ少女のような声だった。


「おそらくはそうかと思われます」


 エルザは別にレイモンドの返事を期待したわけでは無かったし、レイモンド自身もその事は十分に分かっていた。

 彼女は最初からその手紙が何なのか分かっているのだと。


 エルザは手際よく銀のレターナイフで手紙を開いた。

 その所作一つ取っても美しく優雅であるとレイモンドは思うのだが、その内面をよく知るがゆえに――エルザの美貌に年甲斐も無く惚れることが無いのは、自分の立場上好都合であると考えている。


「思っていたよりもこれは――」


 手紙に目を通していたエルザの眉間に皺が入る。


「コウエイ所長は何と?」


 ファーディナント魔導士団管轄の魔導研究所所長コウエイ。

 エトラの地に出現した乱魔流の調査の為にエルザが国王に応援を頼んでいた人物。

 到着前に乱魔流は消滅してしまったが、引き続きの調査をエルザは依頼していた。


「事態は人類にとって最悪――と言いたいところですけれど」


 そう言いながらエルザは持っていた手紙に魔法で小さな火を着ける。


「大きな批判を受けながらも、ロバリーハートと和平を結んだことが功を奏しそうですわね」


 エルザは燃える手紙を見つめながら柔らかな笑みを浮かべていた。



 そしてレイモンドは本能的に背筋に走った寒気を気付かなかったことにして、その笑顔の裏を考えないように感情に蓋をするのだった。




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