第12話 フェルト、理解が追い付かない

「説明してもらえま・す・よ・ね!!」


 フェルトが気を失ったヴィリムスを抱えたままのシンに詰め寄る。


「フェルト君、強くなったねー!!」


「その理由を聞いてるんですよ!!」


 誤魔化せそうになかった。


「何にもしてないのに、私が強くなってるわけないでしょう!!いくら彼が手を抜いていたからって、アデスに入門してる子を一発でぶっ飛ばすとか出来るはずがない!!絶対に貴方が何かやったんですよね!!」


「いやいや、この子は全力でやってたよ?それに俺は見てただけで何もしてない」


「だとしても――え?いや……途中から手を抜いてましたよ……ね?」


「むしろ途中からが本気だったって感じ?フェルトが本気でやっても大丈夫な相手って思ったんじゃない?」


「だって…笑ってましたよ?攻撃も遅くなってたし……」


「楽しくなってきたんじゃない?何やってもフェルトに当たらなかったからね。スピードはどんどん速くなってたんだけど、フェルトには遅くなってるように感じたんだ

よ」


「……言っている意味がよく分からないんですけど」


「説明――いる?」


「最初からそう言ってますが?」


 振り出しに戻る。


「シン殿、ヴィリムスはどうですか?」


 ライアスがそんな漫才のようなやり取りをしている二人に声をかける。

 コメドも一緒だ。


「怪我はすぐに治したんで、今は気を失っているだけですよ」


 寝息を立てて眠っているように見えるヴィリムスの顔は、先ほどまでの戦士の顔とは違って年相応の子供のように見えた。


「そうですか――ありがとうございます。私の判断でヴィリムスには辛い経験をさせてしまったようです。貴方が言った時に止めるべきでした……」


 ライアスは一瞬ほっとした表情の後に、すっと視線を地面に落とした。


「この子のことは知らないんで何とも言えないとこですけど、これをバネに一層修行に励んでくれれば良いですね。まあ、もしも落ち込んでるようだったら、先生のお二人が何とかしてください」


 シンはニコリと微笑んでライアスとコメドを見る。


――ですか。そうですね。確かに、私たちは彼らを導く為にいるのですね」


「武術や魔法を教えるだけじゃないんでしょ?」


「おっしゃる通りです」


 そう言って顔を上げたライアスの表情にはすでに迷いの感情は見えなかった。


「誰か!ヴィリムスを救護室へ連れて行ってくれ!」


 コメドがそう声をかけると、二人の少年がヴィリムスを抱えて連れて行った。


「さて――フェルト殿」


「は、はい」


 ヴィリムスを見送った後、再びシンに詰め寄ろうとしたところに、突然ライアスに声をかけられて戸惑うフェルト。


「貴殿は自分がどのような状態なのか理解しておらぬ様子。そうですな?」


「え、ええ…何が何だか…シンさんが何もしてないなら……どうして……」


 フェルトはヴィリムスを殴った自分の拳を見つめる。そこにはまだ殴った時の感触が残っているような気がした。


「では、私から説明させていただいてもよろしいでしょうか?」


 ライアスはシンに問う。

 シンはその申し出を特に不思議がる様子も無く――


「助かります。どうもそういう説明は苦手で……」


 むしろ喜んで受けた。


「ライアス殿は何か分かっておられるのですか?」


 おそらくはシンが何かやっただであろうことを、今日初めて会ったライアスが、いくらアッピアデスの副師範だといっても説明できるのだろうか?と、フェルトは考える。


「分かる――とは言っても、普通は起こりえないことがフェルト殿には起こっているのですよ。なので、私がこれから話すことは、この世界中探してもあなただけに起こっていることだと思ってください」


「はあ?」


 ますます意味が分からないフェルト。

 なら、なおさら、どうして――


 ――ライアス殿が説明出来るというのでしょうか……。


「まずは、戦いにおける強さというものについてどのようにお考えでしょう?」


「ええと――肉体による身体的な攻撃力、魔力による魔法の攻撃力とかでしょうか?」


「そうですね。簡単にいうならそんな感じです。しかし、それですと、いかに身体を鍛えようとも魔法で攻撃する方が強いとは思いませんか?鋼のように鍛え上げた身体でも魔法を跳ね返すことは出来ません」


「え?そうなんですか?騎士団の方――私が知っている限りですが、その方々は単独で魔法を跳ね返すと聞いていましたが……」


「はい、それは可能です。しかし、それも魔力を用いてものというのはご存じでしたか?」


「身体強化魔法などのことでしょうか?」


「それの初期段階ですね。フェルト殿は戦闘訓練などとは無縁の生活を送っていたようですので、御存じなかったのだと思いますが――剣士、魔導士など職種を問わず、まず始めに行う修練は体内の自分の魔力を体になじませていくことです」


「体に…なじませる…」


「はい、それを続けることで全体の魔力量を増やす効果と、基本の身体能力を上げる効果があります。戦士など直接的な攻撃を行う職業に就く場合は、その魔力を使って身体強化を更に強めることができ、魔導士などの魔法を使う職業の場合は、その魔力を放出することでその力を行使することになります」


「えっと…それが今回のことに関係あるのでしょうか?私はそもそも魔力が弱くてとても戦うことに向いていないはずなんですが……」


 だからこそ選んだのが執事という道。


「これは一般的な鍛え方の話です。唯一例外的に鍛錬無しで個人の能力を上げる方法があります。それは、先ほどフェルト殿がおっしゃいましたね?」


「――身体強化魔法」


「そうです。自分の魔力や力が弱くても、他者から身体強化を受けた場合は、それまで以上の力を出すことが出来ます」


「――やっぱりキナミ様がやってたんですね!?」


「フェルト、落ち着いてライアスさんの話を最後まで聞こうね」


 呼び名が戻ってしまうくらいには興奮しているフェルトをシンがなだめる。


「身体強化といっても、上限無くどこまでも強く出来るというものではありません。それが、シン殿のかけたものであってもそうではないですか?」


 ライアスは確認するようにシンの方へ視線を向ける。


「そうですね。私のも他の方と差は無いでしょう。あれは、元の力を底上げするだけですから。子供でもドラゴンを倒せるくらい強くしろ――と言われても不可能ですね」


「つまり、シン殿が例えそれを使っていたとしても、素人のフェルト殿がヴィリムスの攻撃を躱したり、ましてや攻撃を当てて倒してしまうほどの力を手に入れるのは無理なのですよ」


「???」


 ここまでにフェルトが理解したことは――

 シンは何もしていない。

 例えしていたとしても自分がヴィリムスに勝つことは出来ない。

 それだけだった。


「ふふ、余計に分からないという表情ですので、先に結論をお教えしておきますね」


 首を傾げているフェルトを見て、目元が少しゆるむライアス。


 ようやく答えに辿り着けるのかと安堵したフェルトは――


「結局のところ――フェルト殿は、ということです」



 今日一で理解出来ないことを言われた。

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