第11話 フェルト、初の手合わせ
「どうして……こんなことに……」
そんなことを呟くフェルトは訓練場のど真ん中に立っていた。
正面には修行服を着た坊主頭の少年。
十七歳のフェルトよりは少し幼い顔立ちをしているが、戦士のような真剣な表情と、フェルトが小柄な為、頭一つ大きな少年の方が傍目には大人に見えてしまう。
フェルトの前に立つ少年は、まったくぶれない視線をフェルトに向け、直立不動で開始の合図を待っていた。
「ではこれより、フェルト殿とヴィリムス初段の模擬戦を行う!」
二人の傍に立っていたコメド班長がそう告げる。
向かい合う二人を中心に距離を取って見学をしている他の修行僧たち。
アデス外の者との模擬戦など通常行われることが無い為、みんな興味深々といった表情で見ている。
「この戦いはあくまでのお互いの力量を測る為であり、勝敗などはつかない。二人とも存分に力を発揮してもらいたい。しかし、我々が危険と判断した場合はその場で止めるので安心してくれ」
――それなら、今すぐ止めてもらえます?すでに十分に危険なんですが!!
「フェルト頑張れー」
呑気なシンの応援の声が聞こえる。
シンの方をキッ!と睨んだ瞬間――
「それでは、始め!!」
コメドの開始の合図。
「ちょ、まだ心の準備が――」
と、フェルトが戸惑っているのもお構いなしに、ヴィリムスが腰を落とし、一気にフェルトとの距離を詰めてきた。
そのまま踏み込み、中段の右の突きをフェルトの顔面を狙って繰り出す。
「うわあ!!」
棒立ちでその攻撃を何とか躱したフェルトだったが、バランスを崩して大きく後ろによろける。
一瞬驚いたような表情をしたヴィリムスだったが、すぐにフェルトを追うように間合いを詰め、今度は左足で中段蹴りを放つ。
「待って!待って!待って!!」
避け切れないと感じたフェルトは右手でその蹴りを受け止めて払いのける。
蹴りを払われたヴィリムスはとっさに間合いと取るようにフェルトから離れる。
その顔にははっきりと動揺が見て取れた。
「やはり――これは……」
その流れを見ていたライアスが呟く。
「なかなかのもんでしょ?」
シンは上機嫌でライアスに笑顔を向ける。
「想像以上ですね……動きは完全に素人なのに、ヴィリムスの攻撃を躱すどころか、素手で受け止めるなんて……」
「まあ、相手の彼の能力も相当高いんで、余計に目立ちますよね」
「彼は先日の試験に合格しておりますので、実質二段相当の実力がありますから……いや、しかしこれは……」
二人がそんな話をしている間にもヴィリムスの攻撃は続いており、それを「うわっ、おおっ」と声を上げながら躱したり受けたりしているフェルト。
「フェルトー!少しは自分から攻めないとー!」
攻撃を受けないように必死なフェルトにそんなシンの呑気な声援が飛ぶ。
「――むちゃ!――言わな!――いで!――くだ!――さいよー!」
わちゃわちゃと動きながらも律義に返事を返す。
「大丈夫―!相手の動きに集中したら、フェルトならちゃんと見えるからー!」
――嫌ってほど集中してますって!!何が見えるっていうんですか!!
そうこうしてるうちに、徐々にヴィリムスの攻撃が遅くなってきていた。
そのことで、それまでより余裕が出来たフェルトがヴィリムスの表情を見ると、楽しそうな笑みを浮かべながら次々と攻撃を繰り出していた。
――楽しそうですねえ。わざと手を抜いていたぶって遊んでるんですか?
そう考えると、フェルトの心の中にざわっとした嫌な感情が生まれた。
それは生まれて初めて感じた――怒りの感情。
シンにからかわれた時でさえ、心の中は「しょうがない人だなあ」くらいにしか思っていなかった。
――そりゃ、私は素人で、あなたはアデスに選ばれた者なのかもしれませんけどねえ。
それまでほとんどの攻撃を躱していたフェルトだったが――徐々に手脚で受ける数の方が増えていった。
受ける度に周りには結構な衝撃音が聞こえているのだが、フェルトは特に痛みを感じていなかった。
――そんな手抜きの攻撃痛くなんかないですよ。
そして、完全に全てのヴィリムスの攻撃をその場に留まった状態で受け止め出した。
「そろそろ止めますか?」
シンがライアスに提案する。
ライアスは少し思案した後――
「私が責任を取りますので、もう少しだけお願いします」
視線を二人の戦いから逸らすことなくそう答えた。
「――分かりました。まあ、多少の大怪我なら私が治すんで。ただ、心に傷を負った場合はお任せしますね」
「多少の――大怪我ですか。ではその時はお願いいたします」
ライアスはシンと会ってから初めて僅かだが笑ったように見えた。
息切れする様子も無く、攻撃の手を緩めないヴィリムス。
見学していた子供たちもそのあまりの速さに目で追えなくなってきていた。
それと向き合っているフェルトを除いて。
――どんどん遅くなってきていますね。人の事を巻き藁か何かと勘違いしてますか?
フェルトの目にはヴィリムスの攻撃は最初に比べて明らかに遅くなってきていた。
――あんまりおちょくっていると私だって手を出しますよ?
――それとも、その瞬間を狙ってるとかですか?
――いや、もうどうでもいいや!!
我慢の限界を迎えたフェルトは、ヴィリムスの右の蹴りを左手で払いのけると、カウンターをもらうことなどお構いなしに、ヴィリムスの腹部目掛けて思いっきり右の拳を突き出した。
それは型も何もない、子供の喧嘩でもあまりお目にかからないような不格好な突き。
とにかくぶん殴りたいという思いから本能的に出された手打ちの拳。
しかし、その拳は、ヴィリムスの防御されることなく、その鍛え上げられた腹筋に当たった。
ヴィリムスの視界にはフェルトが一瞬動いた姿は見えたのだが、その瞬間に全身を強い衝撃が襲っていた。
あまりの衝撃に声も出せないまま、ヴィリムスの体は後方に吹き飛ぶ。
「はい、そこまで」
いつの間にか、シンがヴィリムスの後方に移動しており、飛んできたヴィリムスの体を受け止めていた。
「回復、回復っと」
完全に意識を失っていたヴィリムスだったが、その腹部には拳の形をした痣がくっきりと残されていた。
何が起こったか分からない少年たちは皆ぽかんとした顔をしている。
そして、フェルトは自分の拳に残っている感触にぽかんとしていた。
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