第10話 副師範ライアスとフェルトの気付き再び

「ここが初段の者たちが修行をしている施設です」


 ライアスの案内でアデスの施設見学をしているシンとフェルト。

 フェルトも当初の緊張が解けたようで、今は好奇心が勝っているのか、シン以上に目を輝かせていた。


「アッピアデスへの入門が認められた者は、最初はここで鍛錬をすることになります」


 塀に囲われた開けた場所は、サッカーグラウンド一面ほどの広さがあり、そこでは百人近くの男たちが無手での組み手を行っていた。


「へえ、これで初段ですか?」


 アッピアデスには初段から八段までの階級があり、その上が副師範、師範、総師範となっている。

 総師範、師範は合わせて十二人おり、四段以上となると、それぞれの師範が統括している部隊の専属となる。

 部隊内では、全体の階級とは別に、部隊長や班長などの細かな役職が設けられており、作戦に応じての編成が行いやすくなっていた。


「さすがは大陸中から選抜されただけありますね。みんな凄いな」


 シンは彼らの組手を見て感心した。

 結界により魔力を制限されている中での組手であったが、その洗練された動きにはシンの目から見ても見事なものだった。


「シン殿に褒めていただけるとは光栄です」


「いや、俺は剣も体術もずっと自己流でやってきたんで、こうしてきちんとした武術の動きを見るの初めてなんですよ。攻め、受け共に理にかなってるなって思いますよ。制限された状態であれだけの動きが出来るなら、普段ならかなりの強さでしょう?」


 シンの戦い方は向こうの世界で生き延びる為に必死で戦っているうちに身についた完全自己流。


「自己流――ですか」


 ライアスはシンの顔をじっと見つめる。


「ん?どうしました?……照れるんだけど」


 身長がシンと変わらないライアスが相手だと、お互い見つめ合っているようになる。


「いえ、自己流と言いながらも、彼らの動き――コルディア流体術の動きを一目で理解しているようでしたので……」


 初段の彼らが行っているのは、基礎となる型を使った組手。

 動きに派手さは無いが、全ての元となるコルディア流の背骨ともいえる部分。


「いろんな人?――と戦うことが多かったですからね。自然と相手の動きとかを観察する癖がついちゃって」


「――そうですか」


 ライアスの表情に変化は無かったが、何か考えているような雰囲気だった。


「ライアス副師範。こんなところにどうしました?それに、そちらの方々は……」


 初段の彼らを離れたところから監視していた男がシンたちの姿を見つけて声をかけてきた。


「コメド班長、修練中失礼する。今日はこちらのシン殿とフェルト殿にアデスの中を案内しているのだ」


 コメドと呼ばれた男は、シンと同世代くらいの見た目をしていたが、身長はシンより頭一つ高く、正面から近づいてくると結構な迫力があった。


「――ああ!そちらの方が例の!」


「コメド班長、お客様に失礼ですよ」


「あ、すいません……つい……」


 コメドはその大きなな体をくの字に曲げて頭を下げる。


「ライアスさん、良いですよ」


「しかし――」


「例の、とか言われるくらいには、騒がせたのは本当ですからね。本来ならこちらが謝って回らないといけないところですし」


「そうです!元々はシンさんが悪いんですからどんどん言ってあげてください!」


 ――フェルト君は誰の専属執事だったかなあ?


「シン殿がそうおっしゃるのでしたら……」


 ライアスはイマイチ納得がいかないようだが、それ以上は失礼にあたると考えて、この場は退くことにした。

 真面目過ぎる性格のライアスだった。


「えっと、コメドさん。少しここで見学させてもらいたいんだけど構いませんか?」


「はい、それはもちろん構いませんが……」


「何か問題が?」


「いや、よろしければ、そちらの若い方も参加されないかと思いまして」

 コメドはフェルトの方に視線を送る。


「――は?私がですか?」


 少し前にも同じことを言ったような気がするフェルト。

 今朝から驚いてばかりだなと思う。


「はい、見たところかなりの鍛錬を積まれているご様子。ここにいる者たちと歳もそう変わらないようですので、お互い刺激になるのではないかと思いまして」


 シンとライアスもフェルトの方を見ている。


「いやいやいや!!私は武術どころか簡単な魔法すら使えませんよ!!とてもあんな凄い動きしてる人たちと同じ修行なんて無理です!!」


「フェルト、やってみる?」


「話聞いてました!?」


「しかし、この場にいるということは、それだけの力があるという証拠ではないですか?」


 嫌がるフェルトにコメドは食い下がる。


「それはシンさんが私に強化魔法をかけてくれてるんでそう見えるだけですから!!」


 さっきの総師範たちとの話からすれば、本来なら自分はここに入ることすら出来ないはずだ。


「かけてないよ」


「――え?」


「今はフェルトには何も魔法を使ってないよ」


「そうですね。フェルト殿にかかっていた強化魔法は少し前に――ここに入る前に解かれてますね」


 シンとライアスの言葉に信じられないという顔になるフェルト。


「どういう……こと……」


「それに――国にいた時のフェルトだったら、あの子たちの動きなんて全く見えなかったはずだしね」


『とてもあんな凄い動きしてる人たちと同じ修行なんて無理です!!』

 フェルトには彼らがどんな動きをしているのかが確かに見えていた。


「シン殿。本当にフェルト殿は素人なのですか?」


 ライアスが不思議そうにシンに尋ねる。


「私はシン殿の従者ですから、ここに入門出来るレベルの少年を連れているのはおかしなことではないと思っておりましたが……」


「入門とかとんでもない!!私はただの執事です!!魔物と戦ったことどころか、人と喧嘩したこと無いですよ!!」


「しかし、その魔力は……筋力もかなりのものを持っているようですし」


「え?皆さん本当に何を言って……」


 『国にいた時のフェルトだったら――』


「……シンさん?」


「はいよ、フェルトさん?」


「国を出てからの二週間、私に何かしましたか?」


「疲れないように強化魔法をかけ続けてただけだね」


「本当にそれだけですか?」


「神に誓って」


 魔王が神に誓うことにどれだけの意味があるかは分からない。


「フェルト殿!!貴方は二週間もの間、強化魔法が付与された状態で生活していたのですか!?」


 ライアスが驚きの声を上げる。


「え!?あ……はい。そうみたいです」


 ライアスの声に次はフェルトが驚く。


「シン殿――貴方は分かってやってたんですね?」


 今度はシンの方を見るライアス。


「ある程度強くて困ることないでしょう?どうせなら時間を有効活用しようかな?って思って」


 今度はライアスが信じられないモノを見たような顔になる。


「シンさん……全部説明して……くれますよね?」


 フェルトの背後に、ノーラと同じような黒いオーラが立ち昇っているのがシンの目にははっきりと見えた。


「説明いる?」


 あくまでもとぼけた口調のシン。


「当たり前だー!!」


 フェルトの叫びは覇気を纏って、組手を行っていた全員の体を震えさせていたのだが、フェルト本人だけはそのことに気付くことはないのだった




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出番の少ない主人公(謎)シンがどうやって生まれたのかを書いたエッセイ、「魔王シンという男」を書きましたので、興味のある方は読んでやってくださいませ。

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330665415449105


こちらの作品は、

蜂蜜ひみつ様企画の【てんとれ祭】参加作品です。


【てんとれ祭】「1行、100滴、お好きに」使って創作トライ!」

https://kakuyomu.jp/user_events/16817330665539266157


こちらも興味のある方は覗いていってくださいませませ。

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